ノーマークだった“台湾アニメ”の可能性がスゴイ! 複雑な近代台湾の大河ドラマ『幸福路のチー』

ノーマークだった“台湾アニメ”の可能性がスゴイ! 複雑な近代台湾の大河ドラマ『幸福路のチー』
『幸福路のチー』© Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.

『幸福路のチー』は驚きに満ちた映画であった。2019年の東京国際アニメアワードフェスティバルでグランプリを獲った時から気になっていたのは、今まで全くノーマークだった台湾アニメに対する興味からだが、半年後に劇場で観たその作品は想像を遙かに超えていた。公開時に引き合いに出された「ちびまる子ちゃん」を彷彿させる部分はあったものの、見事なまでに台湾の現代史を語った大河ドラマであったからだ。

『幸福路のチー』
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■台湾の現代精神史を語る大河アニメ

アニメという言葉にすっかり油断していた。『幸福路のチー』というタイトルからしてファミリーアニメの香りたっぷりである。東京国際アニメアワードのグランプリに相応しい、ハイクオリティにして感動的なエンディングのウエルメイド作品だろうと油断していたら、完全に足許をすくわれてしまった。監督(オリジナル脚本も担当)の宋欣穎(ソン・シンイン)の視線は、『悲情城市』(1989年)や『戯夢人生』(1993年)の侯孝賢(ホウ・シャオシェン)、『海角七号/君想う、国境の南』(2008年)、『セデック・バレ』 (2011年)の魏徳聖(ウェイ・ダーション)、『天空からの招待状』(2013年)の齊柏林 (チー・ポーリン)に連なる台湾の語り部そのものなのである。

『幸福路のチー』© Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.

■日本のアニメからの影響

本来実写映画指向でありながら、敢えてアニメという表現を選択したのは、よほど自覚的に表現手法というものを考え抜いてのことであろうが、作品の中でチーたちが屋根の上で「ガッチャマン」の主題歌を唄っていることからも分かるように、監督のベースには「ドラえもん」などに代表される日本のアニメの存在があったからだ(本人いわく高畑勲や今敏の影響が大きいとのことだが、筆者が見る限り湯浅政明からも触発を受けているように見えた)。とは言え、後述するように台湾のアニメ業界は脆弱で、そのために自分でスタジオを立ち上げなければならず、完成まで4年もかかったと聞くと、この監督はやはりただ者ではない。

『幸福路のチー』© Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.

■Cartoonを映画に変えた『ペルセポリス』の触発

ソン・シンインがアニメという手法を選択したのは、マルジャン・サトラピ監督の『ペルセポリス』があったからである。ソンがアメリカに留学した2007年に公開され、翌年アカデミー賞候補となったこの作品は、キッズファミリー向けが主流だった長編アニメーション部門に、実写同様の時事性・社会性の強いリアルなテーマの流れをつくった。

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キッズファミリー的装いを見せる『幸福路のチー』の根底にあるモチーフは『ペルセポリス』に通底する。揺れ動く祖国で育ち、長じて海外文化との狭間で葛藤を通じて母国や自分のルーツを自覚する女性の精神史である。台湾とそこで生活する人々に対する視線は、監督が昨年著した「いつもひとりだった、京都での日々」(早川書房)における人間に対する優しい観察眼と同じであった。

■ロックダウンの最上級――戒厳令の日々

台湾の親日度の高さは東北大震災の際の義援金のことにも表れているが、さらにはコンビニが多い(なぜか日本人は海外でコンビニを見付けるとホッとする)、食事のメニューがスラスラ読める(ほとんどのお店で日本語版が用意されているため)などということもあり、日本人にとって台湾は世界で一番旅行しやすい国であると思われる。

『幸福路のチー』© Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.

もし“日本沈没”といった事態になったら、移住先希望ナンバーワンはおそらく台湾ではないだろうか。しかしながら、日本と同じような自由を得られるようなったのは、実は世界最長の戒厳令が解けた1987年以降なのである。

『幸福路のチー』© Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.

■砲弾で出来た「金門包丁」と『軍中楽園』

明るい国民性を誇る台湾にも重い歴史がある。その代表の一つが金門島を巡る戦いだ。厦門の鼻先にある金門島は台湾の領土で、1950年代後半に中国から砲弾が雨あられのごとく打ち込まれ、それを原材料とした「金門包丁」が名産品となった島であるが、2014年に公開された『軍中楽園』はその特殊な状況を伝える作品として興味深かった。ホウ・シャオシェンが編集に協力し、あの話題作『モンガに散る』(2010年)の鈕承澤(ニウ・チェンザー)が監督を務める本作の舞台は、中国からの砲撃が“ローテーション化”してしまった1969年における台湾軍のための慰安所「軍中楽園」であるが、その登場人物の生い立ちに近代台湾の複雑な生い立ち垣間見ることができる。

実は春からゴールデンウィークにかけて、恒例の「台湾巨匠傑作選2020」が開催される予定であり(2020年9月に延期)、その中で一番の目玉作品だったのが、ホウ・シャオシェンやエドワード・ヤンと共に台湾ニューシネマを牽引した王童(ウォン・トン)監督の代表作『バナナパラダイス』(先ほどのニウ・チェンザーが主演)であった。『悲情城市』と同年に製作されたこの作品は、台湾の映画史にとって非常に重要な作品であるのにもかかわらず、なぜか30年間も日本で公開されることがなかった。上映されれば、おそらく『悲情城市』と同様の評価が得られるはずで、日本で一作も紹介されなかったウォン・トン監督の知名度も一気に上がるものと思われる。

■実績ゼロだった台湾のアニメの存在を知らしめた『チー』

今まで見てきたように、台湾映画に対する国際的評価は高いが、アニメーションに関しては“ゼロ”であった。それを証明するのが金馬奨におけるアニメーションの位置づけである。1962年に創設された、東南アジアで最も歴史のある映画祭金馬奨(賞)は過去56回開催されているが、アニメーションの受賞があったのは18回(その内2回は短編のみ)に過ぎない。初期はアニメーション賞自体がなかったようであるが、台湾のアニメ産業が小規模で、コンペテションが成立するほど長編アニメーション作品が製作されておらず、受賞の対象となる作品自体が極端に少ないという事情があるからだろう。

『幸福路のチー』© Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.

その台湾のアニメーション産業の実情はアメリカの下請けがメインであり、したがって主流はCGアニメーションである。そうした状況下にあって、初めて世界へ向けて台湾のアニメーション(しかも手描き)の存在を示した『幸福路のチー』の存在意義は大きい。キッズ・ファミリー作品を装いながら、歴史的テーマを忍ばせることに成功したソン・シンインの力量は相当なもので、声優にトップ女優の桂綸鎂(グイ・ルンメイ)やウェイ・ダーション を起用できたのも監督の才能に魅せられたからであろう。

■シンイン監督、次回作では実写とアニメの二刀流に挑戦!?

ソン・シンインが現在準備中の次回作は、なんとサイコロジカルスリラーの実写長編映画になるとのこと。『Love is a bitch(原題)』というタイトルを見ただけで、『幸福路のチー』とはかなりかけ離れた世界を築こうとしていることが推測できる。

『幸福路のチー』© Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.

しかしながら、ここで危惧されるのは映像世界で実写とアニメーションの両方を作品的にも興行的にも成功させるのは、至難の技であるということだ。その難易度の高さは打投二刀流を目指す大谷翔平レベルで、複数の実写×アニメーションタイトルを監督して成功した人間は、海外では、ティム・バートン(実写:『バットマン』『アリス・イン・ワンダーランド』/アニメーション:『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』『ジャイアント・ピーチ』)、ブラッド・バード(実写:『ミッション:インポッシブル/ゴースト・プロトコル』『トゥモローランド』/アニメーション:『レミーのおいしいレストラン』『インクレディブル・ファミリー』)、国内では山崎貴(実写『永遠の0』『アルキメデスの大戦』/アニメーション『STAND BY ME ドラえもん』『ルパン三世 THE FIRST』)程度しか思い浮かばない。

『幸福路のチー』の製作アプローチを見る限り、ソン・シンインは才能に富んだ戦略家のように見える。彼女なら、実写でもアッと驚く作品を提供してくれそうである。44才と遅咲きのデビューであったが、それまでの時間を埋めるような積極的な品動を期待したい。

文:増田弘道

『幸福路のチー』は「台湾巨匠傑作選2020」で2020年9月27日(日)より上映、Amazon Prime Videoで配信中

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