ナチスから逃れた少年は“異物”として迫害され……衝撃作『異端の鳥』がモノクロームで描く「凡庸な悪」

ナチスから逃れた少年は“異物”として迫害され……衝撃作『異端の鳥』がモノクロームで描く「凡庸な悪」
『異端の鳥』COPYRIGHT @2019 ALL RIGHTS RESERVED SILVER SCREEN ČESKÁ TELEVIZE EDUARD & MILADA KUCERA DIRECTORY FILMS ROZHLAS A TELEVÍZIA SLOVENSKA CERTICON GROUP INNOGY PUBRES RICHARD KAUCKÝ

■5年に一度の衝撃

美しい、腹がたつ、悩む、泣ける、感動する、笑える、怖い、エロい、という作品には毎年何本も遭遇して、楽しめる幅が広い私は、映画だけで生きていけるかも、と呑気な人生を謳歌しそうになる。ところが、5年に一度くらいあまりの衝撃に言葉を失い、どうしてこんな映画を撮ったんだろう、と打ちのめされ、うなだれて数日間は何もしたくない状態にまで追い詰められることがある。

前回、同様の衝撃を受けたのは『サウルの息子』(2015年)だった。まだ身体のあちこちに作品から受けた衝撃によるしこりが残っていて、ふとしたはずみでスクリーンが蘇ってきて、辛い思いをする。しかし、観ないという選択肢はない。観ることで、人間としての務めを果たすのである。私もどれだけでも残虐になる可能性のあることを知っておくためである。

この『異端の鳥』は『サウルの息子』同様、あるいはそれ以上の衝撃で、私の脳、内臓にしばらくは回復不可能なダメージを与えて、3時間弱の上映を終えた。

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■原作「異端の鳥」、英題『THE PAINTED BIRD』

恥ずかしながら“問題作”と必ず頭につけられる、この作品の原作小説を知らなかった。

ポーランドにユダヤ人として生まれた著者イェジー・コシンスキ(読み方は国によって異なる)は第二次世界大戦中に両親と別れ、ホロコーストから逃れるため田舎で過ごすが、カトリック教徒を装って生活していたため、それがトラウマになり5年間話すことができなくなる。戦後、ソ連の衛星国ポーランドで大学に進学し、ソ連留学も果たし、ワルシャワで科学アカデミーの助教授までに至るが、1957年24歳の時にポーランドを脱出する。アメリカにたどり着くが、一切英語は話せなかった。しかし、翌年コロンビア大学で社会科学を専攻するという離れ業を見せる。1960年には英語で小説を発表、その後も順調にプリンストン大学、イェール大学で教鞭をとるが、1991年に57歳で自殺してしまう。

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そのコシンスキーが1965年に発表したのが、原作「異端の鳥」(旧題)である。彼の書いた小説には様々な“謎”が残されており、自身の人生のように“異端”の扱いを受けている。

私はこれからその原作を読むのだが、映画化不可能と言われていたものなので、どのような展開になっているのか、興味深くもあり、恐ろしい。

■2年間に及ぶ撮影の密度

ヴェネツィア映画祭では上映中に退出者が続出したようだが、気持ちはわからないではない。しかし、残酷な描写に耐えられなかったとしても、よくこの完璧な映像を最後まで見続けることなく、外に出られたものである。きっと後悔して、のちに上映館に足を運んだはずだ。

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絵作りが完璧なものはモノクロームが多い。理由はこれだと言い切れないが、色を排除することで、画角に徹底してこだわれるということもあるのかもしれない。黒澤明、小津安二郎はもちろんだが、最近では中国映画『黒衣の刺客』(2015年)の一番美しいシーン、Netflix『ROMA/ローマ』(2018年)、『COLD WAR あの歌、2つの心』(2018年)もモノクロームである。

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東欧のどこか、極端に会話は少ないのだが、場所はあえて特定できないように人工言語「スラヴィック・エスペラント」が使用されている。主人公の少年は迫害から逃れるため(ユダヤ人であるかどうかもわからない)、田舎に老婆と一緒に暮らしていた。老婆が病死して、家も焼失したため、食べるため、寝る場所を求めてどこともわからない土地を漂流する。しかし、身寄りのない子供は“異物”である。様々な人に出会いはするが、異物は排除される。拾われては排除される。その扱われ方は虐待を通り越したリンチである。しかし、少年は殺されはしない。そして、一貫して残虐な“死”が描かれ続けるが、圧倒的なカメラワークで、この世界はかくも美しく映るのかと驚嘆させられる。

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この重層的なアイロニーによって、『異端の鳥』はまさに異端に置かれ、異物として扱われることの意味を明らかにしていく。

少年は居場所を変えながら、ただただ流されていく。それは2年に及ぶ。2年の歳月は顔も体格も変えるため、撮影には2年を要した。少年一人が演じている。

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■「凡庸な悪」

上映が始まってしばらくは、いつの時代を描いているのかわからなかった。あまりにも身なりがひどい、基本的なインフラがない、“人権”というもののかけらも見て取れない社会。18世紀あたりのヨーロッパの田舎のことだと思っていたので、ハーケンクロイツが画面に映った時には目を疑った。

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主人公の少年はどこへ行っても、人間として扱われることはなかったが、彼を異物として攻撃する人々はどこにでもいる“普通の人々”である。人は多くの人が嫌うものを嫌う。邪悪なものだと決められたものを遠ざける。

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ハンナ・アーレントはナチスのそれを「凡庸な悪」と表現したが、実はそれはナチスの構造の中にだけ存在していたわけではない。いま世界中で「凡庸な悪」は姿を隠すことなく、声を上げ始めている。私たちは『異端の鳥』の中で彷徨い続ける少年の側なのか、それとも「凡庸な悪」に気づかない“普通の人”なのか。

どちらの側にもいたくないが、それを再度確認する時期がまさに今である。このタイミングでの上映に深く感謝する。必見の作品。

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文:大倉眞一郎

『異端の鳥』は2020年10月9日(金)よりTOHOシネマズシャンテほか全国公開

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