【没後40年 S・マックィーン】唯一の刑事役で渾身のカー・アクションを披露した『ブリット』

【没後40年 S・マックィーン】唯一の刑事役で渾身のカー・アクションを披露した『ブリット』
『ブリット』Bullitt ©1968, Package Design & Supplementary Material Compilation ©2008 Warner Bros.Entertainment Inc. Distributed by Warner Home Video. All Rights Reserved.

■70年代前半に洋画ファン人気スターNo.1の座を競っていたのは!?
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今から半世紀前の1970年は、日本で大阪万博が開催された時だが、その前後――60年代末から70年代前半にかけての時期は、洋高邦低の洋画全盛期。ハリウッド映画とフランス映画が肩を並べて大スクリーンで競い合っていた。そのトップランナーとして君臨していたのが、われらがスティーヴ・マックィーンだ!

『ブリット』Bullitt ©1968, Package Design & Supplementary Material Compilation ©2008 Warner Bros.Entertainment Inc. Distributed by Warner Home Video. All Rights Reserved.

■どんな映画を見て育ってきたかで、その人の映画の価値基準が定まる

筆者が日本ヘラルド映画に勤務していた1980年代、洋画配給会社の宣伝マンや映画雑誌編集者、映画評論家などのコミュニティの中で、毎年の年末年始をパリで過ごすグループとニューヨークで過ごすグループがあった。ニューヨーク派の筆頭は筆者の大先輩で評論家に転身していた故・筈見有弘さんで、筆者もニューヨーク派の末端として毎年のクリスマス・シーズンをニューヨークで映画・演劇三昧で過ごすのが恒例化していた。

なぜパリではなくニューヨークが好きなのか、好きなものに好きである理由などない気もするが、子供の頃から見て育ってきた映画がアメリカン・ニューシネマの作品群であり、ヌーベルヴァーグの時代には間に合わなかったことが大きい気がする。1970年には筆者はいっぱしの洋画マニアで、スティーヴ・マックィーンも、チャールズ・ブロンソンも、アラン・ドロンもジャン=ポール・ベルモンドも、『007』シリーズ(1962年〜)も新作はだいたい見に行っていたが、アメリカ映画のほうが圧倒的に身近な存在だった。

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スティーヴ・マックィーンは“格好いい男”の代名詞で、世界一の高額ギャラ・スターとなっていたが、『タワーリング・インフェルノ』(1974年)以降は1983年になってシネマスクエアとうきゅうで『民衆の敵』(1978年)がようやく公開されるまで新作はなかった。1978年に『栄光のル・マン』(1971年)の肖像権訴訟で来日した際にはニュースで大きく取り上げられたが、結局その2年後に50歳の若さで亡くなり、忽然と消えてしまった。

その後、たとえば1980年代にケヴィン・コスナーが台頭してきたとき、あるいは2000年代になってダニエル・クレイグが007役に抜擢されたときに、ショート・ヘアーの似合う彼らのことを、筆者は常に“ちょっとマックィーンの魅力を思い出させてくれる”という点で注目した。マックィーンの魅力と比べてどうか、というのがスター性の基準というわけだ。人は、自分が見て育ってきた映画たちというものを、無意識のうちに価値基準の物差しにしているものなのだ。

■マックィーン唯一の刑事もの『ブリット』は、都会のど真ん中でのカー・アクションの金字塔!

マックィーンは『荒野の七人』(1960年)でスターダムを確立してから21本の作品に主演した(ドキュメンタリーを除く)が、彼の映画でのイメージというと、一匹狼的な西部劇のヒーロー、『華麗なる賭け』(1968年)に代表されるファッショナブルな犯罪者、そして『大脱走』(1963年)や『栄光のル・マン』で魅せた、オートバイやレーシング・カーを格好よく乗りこなすスピード狂的なもので、どちらかというとアウトロー。

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そのマックィーンが唯一刑事役に挑んだのが『ブリット』(1968年)で、坂の多いサンフランシスコの街中を猛スピードで駆け抜けながら敵を追い詰めていく見せ場のシーンは、その後、今日に至るまであまた制作され続けている街中でのカー・アクション・シーンのプロトタイプとなり、かつ未だにその最高峰と位置付けられる伝説のシーンだ。

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マックィーンとマスタングへのあこがれはもちろん世界的な現象だったのだが、イーサン・ホークが銀行強盗犯を演じる『ストックホルム・ケース』(2020年11月6日より公開)を見ると、当時のインパクトがよくわかる。

――同作は、1973年に起き、“ストックホルム症候群”の語源ともなった有名な銀行強盗事件を描いているのだが、イーサン・ホークの強盗犯は、まず『イージー・ライダー』(1969年)でピーター・フォンダが着ていたのとそっくりな黒の革のジャケットに身を包んで登場、警察に要求して釈放させた仲間とひとしきり『ブリット』談義をしただけでなく、そのあと警察に対して、人質の女性行員とともに逃走するための車として「マックィーンが『ブリット』で乗っていた車を用意しろ!」と要求するのだ。……マスタングは毎年モデル・チェンジされていたので、実際に警察が用意したのは1973年型(“マッハ1”の愛称で知られるタイプ)で、色もブルーだったのだが。

『ブリット』Bullitt ©1968, Package Design & Supplementary Material Compilation ©2008 Warner Bros.Entertainment Inc. Distributed by Warner Home Video. All Rights Reserved.

■スタントマンに頼らない手に汗握るスタントでマックィーンと競い合ったライバルとは?!

マックィーンが“格好いい男”としてファンの心をがっちり掴んだ背景には、身のこなしの切れの良さや、危険を承知で自らスタントをこなすチャレンジ精神が誰からも認められていた事実があるが、一方で、たとえば『大脱走』のクライマックスで、ドイツ軍から奪ったオートバイでジャンプして鉄条網を飛び越えるシークエンスなどについて絶賛されると、「いや、そのカットはスタントマンのバド・エキンズが演ったんだ」ときちんと説明し、手柄を自分のものにしようとはしなかった。昨今のハリウッド・スターが、実際にはCGの手助けをかなり受けているにもかかわらず、「スタントは全部本人がやっている!」と平気で宣伝したりしているのとは大違いだ。もちろん、マックィーンの場合はカーレースやオートバイレースにもしばしば出場するプロの技量を持っていたものの、あまりにも大スターだったため、本当に危険なシーンだと保険会社が撮影を許可しなかったというのが真相だ。

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さて、マックィーンと同時代の大スターで、危険を承知で自らスタントをこなすことで知られていたもう一人の存在が、3歳年下のフランスの大スター、ジャン=ポール・ベルモンドだった。『大脱走』のバイク・スタントでマックィーン人気が沸騰する2年前、ベルモンドは『リオの男』(1963年)で高層ホテルの外壁をよじ登ったり飛行機から飛び降りたりの体を張ったアクション路線で人気絶頂となっていた。ベルモンドはまた、「ルパン三世」のモデルだけあって、元々はコミカルな大泥棒といった役柄が多かったのだが、マックィーンが『ブリット』で刑事役に挑戦すると、自身も『恐怖に襲われた街』(1975年)でシリアスな刑事役に挑戦。そこでベルモンドがスタント無しで演じたパリの地下鉄の車両の屋根の上でのアクション・シーンを、今度はマックィーンが『ハンター』(1980年)のシカゴの地下鉄での同様なシーンで対抗するといった具合で、まさに同時代の国境を越えたライバルだった。

前者がまさしく「ルパン三世」の実写版の趣なのに対して、後者は毎日違うネクタイを締めるネクタイ・フェチで、トップ・モデルの彼女(筆者の世代にとっての女神ジョアンナ・シムカス)を巻き込んでの鮮烈な生き様を見せていく。必見! ――次は「マックィーン傑作選」をぜひ企画してくださいよ、キングレコード&エデンさん!

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■50歳の若さで逝ったマックィーン、87歳の爺さんになってもまだまだフランスの国民的スターのベルモンド

2020年は、スティーヴ・マックィーン没後40周年に当たる。――つまり、年齢で40歳以下の人たちというのはマックィーンが生きて、活躍していた頃にはまだ生まれてすらいなかったということだ。何ということだろう! 彼が死去したのは1980年11月で、前述のごとくまだ50歳の若さだった。ちなみに、その1か月後の12月には、今度はジョン・レノンが40歳の若さで凶弾に倒れて亡くなっている。

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日本でも、このところ加藤剛、萩原健一、京マチ子、そして渡哲也と一時代を画した映画スターの訃報が相次いでいるが、輝きが大きくて、かつ思わぬ形で若くして死んでしまったという点で、マックィーンはやはりジェームズ・ディーンやマリリン・モンローと同様にレジェンドとして永遠に記憶される運命を背負っていたということなのだろうか。

マックィーンの魅力はいろいろな人がいろいろなところで語っていると思うが、筆者にとっては、実はファッションのお手本でもあった。『ブリット』の中で、マックィーンはブルーのタートルネックにグレーのボトムズ、そして茶色っぽいグリーンのジャケット(皮の肘あて付き)を着ていて、なんとも格好良かった。これが黒のタートルネックだと1950年代末のビートニクっぽい感じになってしまうのだが、鮮やかなブルーというところがミソで、今でも筆者の秋口のファッションのお手本だ。……もっとも、『ブリット』の劇場パンフレットの表紙のマックィーンは、そのタートルネックがなぜか人工着色で黒く塗られていて、それを見るたびに「違うだろ!」と思うのだが。

『ブリット』Bullitt ©1968, Package Design & Supplementary Material Compilation ©2008 Warner Bros.Entertainment Inc. Distributed by Warner Home Video. All Rights Reserved.

文:谷川建司

『ブリット』はCS映画専門チャンネル ムービープラスで2020年10〜11月放送
「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選」は新宿武蔵野館で2020年10月30日(金)より開催

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