家族に迎えた我が子を「返して」と言われた夫婦……『朝が来る』は監督・河瀨直美が再び自身の“爪先”を見つめる最新作

家族に迎えた我が子を「返して」と言われた夫婦……『朝が来る』は監督・河瀨直美が再び自身の“爪先”を見つめる最新作
『朝が来る』©2020「朝が来る」Film Partners

■河瀨直美は“爪先を見つめたとき”が、いい

「自分の足の爪先を見るような感じで映画を作りたい」と、山形国際ドキュメンタリー映画祭のステージに立った河瀨直美が言ったことを覚えている。自分の体感覚の延長にあること、もしくは自分で感じ直したことだけを、自分の視線を通して映画に撮りたい、ということなのだと思った。

『朝が来る』©2020「朝が来る」Film Partners

その後、劇映画を撮り始めた河瀬はその爪先を遠くへ伸ばしていく。この10数年、カンヌ国際映画祭でグランプリを獲得してからは爪先が触れないことにも挑戦してみるようになった。けれど、やはり河瀨直美は爪先を見つめたときが、いい、のである。

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『朝が来る』©2020「朝が来る」Film Partners

2020年10月23日(金)より公開の最新作『朝が来る』は辻村深月の原作がある。この原作の映画化を提案したのは河瀬自身だという。爪先が、触れた、うずいた、のではないかと思う。河瀨直美は母方の祖母の姉に育てられた。離婚した両親はそれぞれに再婚し家庭を持った。幼いころに去った父を探す旅が『につつまれて』(1995年)という作品になり、河瀬は世に出た。「家族とは何か」「親とは何か」それが河瀬の表現者としてのルーツなのだ。

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■河瀨監督がキャリアを通して紡いできた、一番柔らかいところに響く問い

無精子症による不妊の夫婦。中学生の妊婦。特別養子制度でこの中学生の生んだ男児をわが子とするのだが……という話。物語は夫婦のパートと中学生のパートにざっくりと分かれている。語り手は、この「親」たちだ。しかし、河瀬の爪先は一方を「親」、特に「母」に触れながら、もう一方で「子」にそっと触れている。この子にとって、「親」とは何か。それは河瀬にとって一番柔らかいところに響く問いである。

『朝が来る』©2020「朝が来る」Film Partners

河瀬は母である。その出産は『垂乳女 Tarachime』(2006年)でドキュメントされ、『玄牝 -げんぴん-』(2010年)で母になる女たちを描くことで追体験された。筆者自身が出産して感じたのだが、出産後三年ほどは世界中の赤ん坊が全部自分の赤ん坊のような、自分が世界の赤ん坊の母親代表のような高揚感があった。きっと河瀬も感じただろう。そしてあらためて、実子をえず、けれど自分を育ててくれた養母を、そしてその「子」として育てられた自分自身にも思いを飛ばしただろう。つまり。『朝が来る』に登場する主なキャラクターに対して、河瀬は爪先をふれる、自分のこととして思いをはせることができたのだ。

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■養子縁組団体や実親・養親への取材と演者たちの真に迫るドキュメンタリー手法

しかし。『朝が来る』にはもう一つの柱がある。「特別養子制度」だ。「養子」という制度に対して今一つ理解が進まず、敷居の高い“血縁主義”“父系主義”の日本において、実親との法的な親族関係を解消し養親の「戸籍」に「養子」と書かれずに入る、という制度である。何らかの理由で育てられない子どもを産むことになった実母から、どうしても子どもが欲しいができない養父母に赤ん坊が(現在は原則15歳未満)託される。その橋渡しをする団体が存在し、「子どもの福祉のために」活動している。原作者はもちろん、河瀬直美もそんな団体を訪ね、実親・養親にも取材を重ねている。

『朝が来る』©2020「朝が来る」Film Partners

この取材の結果を作品に正確に反映させるため、河瀬はドキュメンタリーを取り入れた。『あん』(2015年)でも試みていた方法だが、今回はよりスムースに、さりげなく導入され、境目が見えない。養親になる二人、永作と井浦が養親たちの会に出席して、本当の養親と子どもの話を聞くシーンなど、フィクションとドキュメンタリーの融合が物語にリアリティを運び込む。例えば、経験談を語る養親たちが実にナチュラルなのだ。カメラに、俳優たちの前で語っているのに、である。さらに、聞いている俳優たちにも演者としてではない当事者感を持たせたままであるところが、キャラクターたちに爪先をふれた河瀬ならではの演出なのだと思う。

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『朝が来る』©2020「朝が来る」Film Partners

自分のことを、自分の視点で、自分で撮影するという8mmのセルフドキュメンタリーから始めた河瀬。劇映画ではなかなかみつけられなかった、自分と接点を持たせられる普遍的なテーマと物語を、『朝が来る』で手法的にも見つけられたのだ。「アサトヒカリ」と役名を織り込んだ主題歌の使い方もその一つだが、クレジットが終わり、主題歌の最後のフレーズが歌われたその後まで、席を立たずに聞いてほしい。河瀬直美「につつまれて」しまうために。

『朝が来る』©2020「朝が来る」Film Partners

文:まつかわゆま

『朝が来る』は2020年10月23日(金)より公開

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