敵国から勲章を受章した元ナチス兵の実話『キーパー ある兵士の奇跡』〜サッカーの力で暗い過去を払拭した感動作

敵国から勲章を受章した元ナチス兵の実話『キーパー ある兵士の奇跡』〜サッカーの力で暗い過去を払拭した感動作
『キーパー ある兵士の奇跡』©2018 Lieblingsfilm & Zephyr Films Trautmann

■スポーツって、いいかも

もう自分でテニスはしないが、大坂なおみ選手のことは大好きで、応援してるし、特定のラグビーチームを追いかけてはいないけど、年に数回は秩父宮で凍えながら観戦している。ボクシングの世界選手権も必ずテレビ観戦。という私なのだが、スポーツ大好きってわけではない。サッカーはいくら解説されてもどうも面白さに心が踊ることもないし、「頑張れ! 日本」って標語みたいなのはむしろ嫌いだし、スポーツバーで「日本! 日本!」と皆で絶叫することは御免蒙る。

だけど、例えば卓球の石川選手のドキュメンタリーを観たりすると、ああ、ひとつのことに打ち込むとこういう素敵な人になれるんだと、この歳になってようやく理解できたような気になる。

それはスポーツに限らずなんだろうけど、やはり限界まで鍛えられた身体の動きは力強く、美しい。そこに意外な事実が加わると、スポーツを観戦する目が全く変わってしまう。そんなことを、この『キーパー ある兵士の奇跡』を観てしみじみ感じた次第。サッカー、特に好きじゃない私が感動して、ちょっと泣いちゃった。

『キーパー ある兵士の奇跡』©2018 Lieblingsfilm & Zephyr Films Trautmann

■戦争とスポーツ

第一次世界大戦の最中、クリスマスの日、最前線で対峙していたイギリス軍兵士とドイツ軍兵士が勝手に自然休戦にしてしまい、酒を酌み交わし、サッカーに興じた実話をラジオで紹介したことがある。一兵士は厄介な“国”を背負って、戦うことが嫌いでも「敵を殺せ」と命じられ、それに抗することもできず、兵士としての義務を果たすために戦い続ける。国同士が戦争さえ始めなければ、殺すべき相手と同じチームでプレーできたかもしれないのに。

スポーツで国対抗の試合になると、どこの国にいても、いきなり“愛国者”だらけとなるのにはうんざりするが、試合の最中に「叩き殺せ」とは誰も言わないはずだし、言わせてはいけない。スポーツの大前提は同じ競技を行う者への友情とリスペクトである。そうあって欲しい。

『キーパー ある兵士の奇跡』©2018 Lieblingsfilm & Zephyr Films Trautmann

■元ナチス兵士がイギリスで

ほんの少しだけ脚色されているが、ほとんどは実話に忠実なこの映画の主人公、トラウトマンはヒトラーユーゲントに10歳で入隊。17歳で軍に入隊、18歳で前線に出る。鉄十字勲章も授かるほどの活躍をしたのだから、生粋のナチス兵と呼んでもおかしくない。1944年に捕虜となり、イギリスの収容所に送られる。意外にも自由な捕虜生活。サッカーもできる。ゴールキーパーとしての技量は突出している。

『キーパー ある兵士の奇跡』©2018 Lieblingsfilm & Zephyr Films Trautmann

ドイツとの戦争終了後も収容所で過ごすが、そのプレーを目撃した収容所に出入りしていた食料品店主が、自分のチームに無理矢理押し込む。収容所からの出張出場。チームメイトはあからさまにナチス兵士と一緒にプレーすることを嫌がるが、へっぽこキーパーのせいで全く勝てないので、やむなく受け入れる。トラウトマンは大活躍。食料品店主の娘はチームのキャプテンと結婚寸前なのに、心が乱れちゃう。しばらくして捕虜はドイツに帰国を許されるが、トラウトマンは自分がいないと勝てないチームを捨てて帰国するのだろうか。心を寄せてくれる娘への恋心を諦められるのか。

『キーパー ある兵士の奇跡』©2018 Lieblingsfilm & Zephyr Films Trautmann

トラウトマンはその後、2004年に大英帝国勲章を受章。ナチスの鉄十字勲章を持つ元ナチス兵士が、そんな勲章を受章することがあり得るのか? あったのである。そんな人間は後にも先にも、このトラウトマン一人。ついでに書いておくと、1997年に彼はドイツ連邦共和国功労勲章も受章している。

『キーパー ある兵士の奇跡』©2018 Lieblingsfilm & Zephyr Films Trautmann

私がサッカーに疎いから知らなかっただけかと思っていたのだが、かなり昔のことなので、ドイツでもサッカーファン以外にはトラウトマンはあまり知られていなかったらしい。この映画が公開されたことで、広くそんな選手がいたことが知られるに至ったという。日本では、熱狂的なサッカーファン以外は全然知らないのじゃなかろうか。

『キーパー ある兵士の奇跡』©2018 Lieblingsfilm & Zephyr Films Trautmann

■“殺す”仕事

兵士であることは、敵を殺すことが仕事だということである。殺す相手がどんな人間かなんて関係ない。「国」のために殺すのだから“正義”なのである。“国”は殺人者を讃える。戦争映画は国のために敵をたくさん殺した、そんな英雄だらけ。実際にそういう“モノガタリ”の中ではなんら違和感がないのだろうが、一旦冷静になって考えてみていただきたい。正義を疑うことで、殺すべきはずの敵が生涯の友人になれるかもしれない、人生の師になるかもしれない。

『キーパー ある兵士の奇跡』©2018 Lieblingsfilm & Zephyr Films Trautmann

トラウトマンもナチス兵として「当然のこととして」敵を殺したが、敵だったイギリス人のおかげで、その後の人生を豊かなものに変えることができた。世界のサッカー界に多大な貢献をすることができた。

『キーパー ある兵士の奇跡』©2018 Lieblingsfilm & Zephyr Films Trautmann

先制攻撃で敵の脅威を取り除くと息巻いている皆さん、それで何人殺しますか。殺される前に殺す、という理屈は、さらに「じゃ、その前に殺す」「じゃ、じゃ、さらにその前に殺す」という永遠の無間地獄のループに閉じ込められることになりませんか。

『キーパー ある兵士の奇跡』©2018 Lieblingsfilm & Zephyr Films Trautmann

こんなところで政治の話を持ち出すな、とおっしゃる方もいるかもしれませんが、映画の中の世界は、常に政治と戦争でいっぱいです。ひとつの感動的な作品から学ぶこともあるでしょう。私と全く違う感想をお持ちになる方もたくさんいるはずですが、それはそれで問題ないでしょう。映画の先のこれからの世界を考えることも映画に託された使命です。この作品を観ていただき、一緒に議論したいなあ、と思いました。

『キーパー ある兵士の奇跡』©2018 Lieblingsfilm & Zephyr Films Trautmann

素晴らしいエンターテインメント作品でもありますから、気軽に足をお運びください。

文:大倉眞一郎

『キーパー ある兵士の奇跡』は2020年10月23日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開

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