田中裕子の“心の声”を蒼井優が演じる!?『おらおらでひとりいぐも』沖田修一監督が「ちょっと変わった撮影」の秘密を明かす

田中裕子の“心の声”を蒼井優が演じる!?『おらおらでひとりいぐも』沖田修一監督が「ちょっと変わった撮影」の秘密を明かす
『おらおらでひとりいぐも』沖田修一監督© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

歳を重ねてきた人は、誰しも相当なドラマと歴史を持っている。その物語を他人から根掘り葉掘り聞かれないで済むのは、“老い”という鎧をまとっているからだ。物語などもっていないふうを装う鎧を。誰しも身につけることになるその鎧の秘められた中身を、『おらおらでひとりいぐも』で赤裸々に見せてくれたのは沖田修一監督。

『おらおらでひとりいぐも』© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

75歳、一人暮らしの桃子さん(田中裕子)。東京オリンピックの年に故郷を飛び出し、恋をして結婚をし、2人の子どもを育て終わった矢先に夫に先立たれてから心の声と会話しつつ、一人暮らしを続けている。そんな桃子さんが孤独の先に見つけた、ささやかで壮大な世界を描くのが『おらおらでひとりいぐも』だ。沖田監督に作品作りのなかで、見えてきたエピソードを聞く。

『おらおらでひとりいぐも』沖田修一監督© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

■「なんだか人ごととは思えない、不思議な縁を感じました」

―近年、『滝を見にいく』(2014年)、『モリのいる場所』(2017年)など、年齢層が上の方の気持ちを描く映画を多く撮られているように思いますが。

そんなことはないですよ。2021年公開の『子供はわかってあげない』は高校生が主人公ですし。『滝を見にいく』は、ワークショップに参加した役者さんたちで映画を撮る企画だったので、若い俳優さんたちばかりになるのを避けたというのもあります(笑)。『モリのいる場所』は、熊谷守一さんの生活を記録した写真集「独楽―熊谷守一の世界」(世界文化社刊)に惹かれて引き受けました。特に老人を主人公にすることに惹かれているわけではないんですが(笑)。

『おらおらでひとりいぐも』メイキング写真© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

―原作は、芥川賞と文藝賞をダブル受賞した若竹千佐子さんが63歳で書かれた同名ベストセラー小説です。

『おらおらでひとりいぐも』のお話は、うちの父親が亡くなったタイミングでいただいたので、なんだか人ごととは思えない不思議な縁を感じました。原作は母が買ったものが実家にあったので知っていましたが、読んではいませんでした。最初に読んだときの印象は、どうしたらこれを映画にできるんだろうという感じでしたね。一人語りでずっと進んでいるので、柔毛突起のように桃子さんのなかで交わされる心の声をどうやって映像化すればいいんだろうと。映画への変換が難しそうな作品だなという印象を受けました。

『おらおらでひとりいぐも』© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

―そんな心の声を、「寂しさ1」「2」「3」と擬人化させることで映像への変換をはかったわけですね。

「どうせ」とか「さとり」とかのキャラクターも加えて、“白雪姫と七人のこびと”みたいにできればと考えたんです。だから7人にしようかとも思いましたが、多すぎてどこを見ればいいか分からない。結局、親衛隊みたいに3人にしました。あのちゃぶ台を囲める人数がいいなと思って。

『おらおらでひとりいぐも』© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

―寂しさ1、2、3を演じた濱田岳さん、青木崇高さん、宮藤官九郎さんのキャスティングが楽しかったです。演じられた皆さんも「沖田監督の世界で遊んでいるうちに撮影が終わった」とおっしゃっていますね。

濱田さんと青木さんは、以前もご一緒したので何も心配していませんでした。むしろ楽しんで演じてくれればいいなと思っていたので、よかったです。監督としての大先輩でもある宮藤さんは、現場で僕が話したことから同じ画を想像して演じてくださった。改めて俳優としてもすごい方だという思いを強くしましたね。桃子さんの分身なので同じ衣装を着けてもらいましたが、基本、別人格なので異性にしました。

『おらおらでひとりいぐも』© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

■「田中裕子さんにオファーを受けていただいたときは夢見心地でした」

―田中裕子さん主演の作品ですが、群衆劇のようでもありました。桃子さんを中心に一つの社会が形成されているとも取れて面白かったです。

原作者の若竹千佐子さんが、取材で「実は一人の人間の中に大勢が内包されていて、合議制でもって話が進んでいる」と言っていました。それに近いですよね。映画はたまたまそういうふうになったところもありますが、群集劇という言い方もできなくはないかと。坂をみんなで上がっていくところなんか、確かにそういうカタルシスがあると思います。

『おらおらでひとりいぐも』© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

―田中さんは二つ返事でオファーを受けられたんですか?

田中さんが感じたシーンごとの疑問について細かくお話をさせてもらい、改めて「お受けします」と承諾いただきました。素晴らしい出演作品はたくさんありますが、『いつか読書する日』(2004年)が特に好きで、また「水曜どうでしょう」の藤村忠寿さんが演出された北海道放送開局40周年記念ドラマ「歓喜の歌」(2008年)の田中さんも素晴らしかった。その田中さんに自分の映画に出ていただけるのはすごく嬉しかったし、受けていただいたときは夢見心地でした。

『おらおらでひとりいぐも』© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

―田中さんも「この歳になってこの作品に会えて、沖田監督にお会いできて嬉しい」とおっしゃっていますね。

年齢としては、田中さんのほうが桃子さんより若いんですが、なにより田中さんが桃子さんを演じる映画が見たかった。田中さんが桃子を演じる面白さがあると思ったし、田中さんもそれを面白がってくれました。たとえば「モーラステープ(湿布薬)」をうまく貼るシーン。僕が脚本に「もはや名人芸」と書いていたのを、田中さんはプレッシャーに感じながらも面白がって演じてくれて。すごい枚数のモーラステープを持って帰られて、家で練習されたそうです。図書館で少年と目が合うシーンなども、いちいち面白いんですよね。

『おらおらでひとりいぐも』© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

―そんな田中さんを嬉しそうに見守っていたんですね。「撮影中、監督が一喜一憂する姿が目に焼き付いています」と田中さんはおっしゃっています。

僕、結構顔に出ちゃうというか、現場でゲラゲラ笑っちゃうんですよ。撮影中、自分も登場人物になった感覚で笑ったり、照れたりしちゃうので、よく俳優さんから気持ち悪がられます(笑)。若いときの桃子(蒼井優)さんに周造(東出昌大)がプロポーズするシーンでは、蒼井さんの横で東出くんのプロポーズを聞いていたんですが、僕もうっとりして「うんうん」とか頷いてしまって(笑)。そういう無意識に感情移入しているところを、田中さんは面白がっていたんじゃないかなと思います。

『おらおらでひとりいぐも』メイキング写真© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

■「耳に心地よく残る声をしている蒼井さんに“脳内の声”を演じていただいた」

―若き日の桃子さんを演じた蒼井優さんのキャスティングについて教えてください。

声に印象のある人がいいなと思ったんです。蒼井さんは耳に心地よく残る声をしている。田中さんが演じる桃子さんの“脳内の声”も演っていただくので、蒼井さんがいいなと思いました。現場で全身黒い服を着て目立たないように隅っこにいる蒼井さんが、田中さんの顔を見ながら、一所懸命、声だけの芝居をしている。その姿は素晴らしくて。蒼井さんは田中さんとの共演が夢だったそうです。それもあって、とても大切に演じてくださったのが嬉しかったですね。

『おらおらでひとりいぐも』© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

―蒼井さんは声だけのシーンも、直接、現場で演じていたんですか?

そうです。田中さんがご飯を食べているシーンの撮影現場の隅で、蒼井さんは田中さんのお芝居を見ながら、声だけのお芝居をしました。でも、本当に存在を消しているので、つい忘れて「あっ! 蒼井さん」みたいなこともありました(笑)。そうやって“いてもらう”ことで、すごくいい空気を作ってくれる。現場をいっぱい知っている人ですよね。いずれにしても変わった撮影でした(笑)。

『おらおらでひとりいぐも』メイキング写真© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

―若くして亡くなった桃子さんの夫・周造を演じた東出昌大さんは?

体が大きくて、山を想わせる人がいいなと思っていたんです。桃子にとっては“夢の美男子”。そのイメージに当てはまる東出さんにお願いしました。

―アニメーションのシーンは、『言の葉の庭』(2013年)、『君の名は。』(2016年)、『この世界の片隅に』(2016年)などにも参加されている四宮義俊さん。どういう経緯でお願いすることになったんでしょうか?

最初、パラパラ漫画みたいなつもりで台本に書いていたのを、四宮さんがやってくれるということになって、話すうちにだんだん大きくなっていったんです(笑)。僕もここまでとは思っていなかったんですが、桃子さんの想像の羽が広がっていくようで面白くなってしまい。最初、パラパラ漫画を四宮さんにやってもらうのは申し訳ないなと思っていましたが、想像を超えてきた。やっぱりプロですよね。コンセプトはもちろん伝えましたが、四宮さんの好きにやってもらった部分は多いです。

『おらおらでひとりいぐも』沖田修一監督© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

■「母も『修一の映画にしては、いい映画だ』と言ってくれたので、きっと気に入ってくれているんだと思います(笑)」

―今回はスタッフも、撮影の近藤龍人さん、照明の藤井勇さん、録音の矢野正人さん、編集の佐藤崇さん、フードコーディネーターの飯島奈美さんと、これまでもお仕事をされてきた方々ですよね。美術の安宅紀史さんもそうですが、安宅さんの手掛けられたメインの芝居場「桃子さんの家」は、日常と非日常が同居する素晴らしい舞台でした。

安宅さんはずっと作品をご一緒しているので、たぶん僕の作品の生活描写をよく理解してくれている。今回、安宅さんに思いっきりやってもらうために東映撮影所にセットを組みました。それもあって、特にそう感じられたんだと思います。

あの家は、実家がモデルだったので、逆にイメージが強すぎて安宅さんを困らせたかもしれません。骨組みだけにした回想の桃子さんの実家は、寺山修司か! という感じでしたが(笑)。そうやって皆で桃子さんのライフスタイルを作っていきました。

『おらおらでひとりいぐも』© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

―ひとりで生きるということの悲しさや楽しさ、様々な機微が描かれている映画。今後、こういうシチュエーションに共感する人が増えるように思いますが。

息子の目線で映画を作っていたので、自分が老けるイメージでは捉えていなかったんですが、何かしらで楽しみを見つけなければ生きていけないとは思います。僕は、ひとりでもiPhoneとかで映画を撮っていそうな気がします(笑)。

―原作を読んでいらっしゃったお母さまは、もう映画をご覧になっているんですか?

はい、観ています。「他人事とは思えない」と言っていました(笑)。「修一の映画にしては、いい映画だ」と言ってくれたので、きっと気に入ってくれているんだと思います(笑)。

『おらおらでひとりいぐも』沖田修一監督© 2020 「おらおらでひとりいぐも」製作委員会

取材・文:関口裕子

『おらおらでひとりいぐも』は2020年11月6日(金)より全国公開

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