東京国際映画祭グランプリ受賞!『わたしの叔父さん』は穏やかな日常と深刻な社会問題を静謐に映し出す注目のデンマーク映画

東京国際映画祭グランプリ受賞!『わたしの叔父さん』は穏やかな日常と深刻な社会問題を静謐に映し出す注目のデンマーク映画
『わたしの叔父さん』©2019 88miles

■小津安二郎を師と仰ぐデンマークの俊英監督、長編2作目

『わたしの叔父さん』は、デンマークの田舎で小さな農場を切り盛りする人々の暮らしぶりを観客の目の前に差し出してみせる。主人公のクリスは20代の女性。叔父とふたりだけで何十頭かの乳牛の面倒を見て畑の手入れをするという、どんな非常事態でも毎日やらないわけにはいかない種類の労働に取り組む生活を送っている。叔父はもう若くはなく、脳梗塞の後遺症で体の自由がきかない。まだ辛うじて働くことはできるものの、歩くときは補助器に頼り、着替えにも手伝いがいる。ふたりはお互い以外の人間と交流する機会も限られていて、ふだん顔を合わせるのは近所の獣医や買い物に出向く先の商店の人々ぐらいだ。そんな静かで単調な生活でも、昨日と今日、今日と明日は決して同じではない。

『わたしの叔父さん』©2019 88miles

シャーリーズ・セロンら絶賛! カンヌ2冠『燃ゆる女の肖像』 18世紀フランス貴族社会に生きる女たちのロマンティックなラブストーリー

2019年の第32回東京国際映画祭でグランプリを受賞した小品である。監督・脚本・撮影・編集を手掛けたフラレ・ピーダセンは、1980年生まれ、デンマークの南部ユトランド出身。これが2本めの長編作品で、小津安二郎を映画の師と仰いでいるそうだ。父と娘のような年老いた男と彼の身の回りの世話をする若い女の日常を、固定カメラを多用して淡々と描くあたり、言われてみれば確かにそんな感じだ。

『わたしの叔父さん』©2019 88miles

作中のラジオから流れるニュースの内容から判断すると、この映画の時代設定はどうやら2017年頃らしい。一般に福祉が充実しているイメージの強い北欧にも、若い世代がひとりで親族のケアを引き受けて進学を諦め、代わりのいない重労働を担うことを余儀なくされる高齢化社会の構造的な問題が存在していることがわかる。

『わたしの叔父さん』©2019 88miles

根深い性差別を突きつける『82年生まれ、キム・ジヨン』 共感と反発を引き起こした大ベストセラー小説の映画化!

■ひとりの女性の生きかたを通して、人生に何を求めるのかを観る者に問う

主演のイェデ・スナゴーは、女優になる前は獣医だったという経歴の持ち主で、動物の扱いも手慣れたもの。クリスという役は彼女に当て書きされたのだそう。そして「叔父さん」を演じるペーダ・ハンセン・テューセンは、スナゴーの実の叔父で酪農家。皺の深く刻まれた、生きてきた時間の重みを感じさせる顔だ。撮影は彼が実際に暮らす農場で行われたということで、リアルな生活感あふれる家具調度や、なんてことのない農場の風景の美しさも見どころ。

『わたしの叔父さん』©2019 88miles

デンマークではEUの取り決めにより、こうした個人経営の小規模農業は廃止に向かっているところだそうだ。監督は、消えゆく農家の人々の歴史的なポートレートを作りたいという思いもあって、この作品を撮ったと語っている。叔父の着替えを手伝ったり食事を用意したりといった家事・介護と、牛舎にずらりと並ぶ牛たちに飼料をやったりトラクターで畑の草を刈ったりといった農場の仕事。その両方を担うクリスの生活が、「退屈で悲惨」にも「あたたかく豊か」にも偏ることなく、ただ「こういう生活があるのだ」ぐらいのトーンで映し出される。抑制された渋い味わいだ。

『わたしの叔父さん』©2019 88miles

『ナディアの誓い-On Her Shoulders』ある女性とその家族を襲った惨劇 ― やがて彼女は人々の希望になる

後半、クリスがそれまでしたことのない行動に出る展開には、いささか不自然に感じられる部分もある。彼女は映画の途中まで携帯電話を持っていないし、インターネットを利用する場面も直接的には出てこない。現代農家でそんなことあるだろうか。とはいえ、誰もがネットにアクセスできるものと思うのも大間違いだし……。不器用な人が不器用なままでいるのは悪いことではないけれど、自分としてはやはり年上の男性とばかり過ごしている彼女に同世代の友達がいてほしいなあ、と願ってしまう。この観ていてヒリヒリする胸の痛みには、都会に生まれ育ってチャラチャラしている自分を顧みてのうしろめたさも確実に含まれている。ひとりの女性の生きかたを通して、人生に何を求めるのかを観る者に問うてくる映画だ。

『わたしの叔父さん』©2019 88miles

文:野中モモ

『わたしの叔父さん』は2021年1月29日(金)よりYEBISU GARDEN CINEMA、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開

関連記事(外部サイト)