椎名林檎がアルバム『三毒史』を発売、6人の男たちとのデュエット曲に見る音楽性のルーツ

椎名林檎がアルバム『三毒史』を発売、6人の男たちとのデュエット曲に見る音楽性のルーツ

5年ぶり6枚目のアルバム『三毒史』(19年5月27日)をリリースした椎名林檎

椎名林檎の最新アルバム『三毒史』が5月27日に発売された。本作では、宮本浩次、トータス松本、向井秀徳、浮雲とのコラボレーションに加え、櫻井敦司(BUCK-TICK)や鍵盤奏者・ヒイズミマサユ機とのデュエット楽曲も収録。椎名林檎らしい、攻めた作品でありながら、“デュエットアルバム”としても大いに注目される作品となった。椎名林檎本人へのインタビューを通じ、ゲストアーティストたちとの制作の背景に迫った。

◆「私はリスナーとしても、デュエット曲がとにかく大好きなのです」

 椎名林檎5年ぶり6枚目の最新アルバムはその名も『三毒史』。“三毒”とは、貪り、怒り、愚かさ。仏教において克服すべきとされる代表的な煩悩の異名だ。

「『三毒史』では、この世に生を受け、欲を自覚して、渇望したり、絶望したり、しかし結局自ら学ぶ人の道を書きました」(椎名)

 全13曲収録の『三毒史』は、2曲目の「獣ゆく細道」から、1曲置きに豪華なゲストボーカリストたちが参加している。つまり本作はデュエットアルバムとしての側面も備えている。その顔ぶれは、宮本浩次(エレファントカシマシ)、櫻井敦司(BUCK-TICK)、向井秀徳(NUMBER GIRL/ZAZEN BOYS)、浮雲、ヒイズミマサユ機、トータス松本(ウルフルズ)という個性豊かな面々である。

「私はリスナーとしても、デュエット曲がとにかく大好きなのです」(椎名)

 椎名のデュエット曲への関心は、彼女の音楽性のルーツと紐づいている。それはバレエ音楽を含むクラシック音楽、タンゴなどのラテン音楽、ソウル、R&Bといったブラックミュージックであり、またジャズを基調としたミュージカルナンバーや、映画のサウンドトラックでもある。彼女は宮本浩次、トータス松本とのデュエットについてこう語っている。

「『目抜き通り』のボーカルはモータウンのマナーに則ったつもりです。松本さんがマーヴィン・ゲイ、私はタミー・テレルになる覚悟で2声を書きました。彼特有の泣き笑い声には、毎度感じ入ってしまいます。一方、宮本さんといつかご一緒できる日が来るなら、レナード・バーンスタインの壮絶さを目指そうと長年イメージしていました。元来、宮本さんが持つラテンフィールが解き放たれたらどうなるのかを聴いてみたかった。『獣ゆく細道』でそれが叶い、やはり感激です」(椎名)

 マーヴィン・ゲイ&タミー・テレルとは、1960年代後半に「ユア・プレシャス・ラブ」などのヒット曲を放ったモータウン・レーベル所属の名デュエットである。レナード・バーンスタインとは、1957年初演のミュージカル(※1961年に映画化)『ウエスト・サイド物語』の音楽で知られる、20世紀後半を代表する作曲家/指揮者/ピアニストだ。

 東京事変の活動後期から急速にBUCK-TICKを愛聴、彼らのファンクラブにも入ったという椎名にとって、櫻井敦司の参加は満を持してのオファーだった。

「櫻井さんの低音からは、デヴィッド・ボウイをはじとするブリティッシュなグラム・ロックの耽美が香り立ちます。「駆け落ち者」は、あのお声の魅力を凝縮することを目指し書きました。スタジオでの櫻井さんの歌入れの際、「あんなに幅のあるビブラートの波形、初めて見た」と、井上雨迩(エンジニア)さんが驚いていらっしゃいました」(椎名)

 先頃、再結成が発表されたNUMBER GIRL時代からの同志である「同郷(福岡)のきまぐれなパイセン」(椎名)こと向井秀徳が参加した「神様、仏様」については、こんなエピソードが語られている。

「ZAZEN BOYSの「自問自答」(2004年)で歌われていた「行方知れずのアイツ」の模様を、初めて私なりに描こうと試みたアンサートラックです。やっぱりリスナーが聴き慣れたご本人の語りは絶対にいただきたかったんです。初めに「声素材ください」とお願いしたのはかれこれ15年程前。ずっと書いてみたかった、悲願叶っての一曲です」

◆向井秀徳以外のゲストはすべて午年生まれ、およそ5年越しで“干支縛り”を完遂

 また椎名は他の音楽家の長所を見出す“目利き”でもある。これまでもレコーディングやツアーを共にしてきた浮雲、ヒイズミマサユ機は、どちらかと言えば前者はギタリスト、後者はキーボーディストとしての顔で広く知られてきた。

 浮雲は長岡亮介名義で2005年から活動しているペトロールズでギターとリードボーカルをとっている。同年、彼が加入した第2期東京事変においても、椎名は、度々、浮雲にボーカルを依頼してきた。今や浮雲のボーカルは椎名ファンにも人気が高い。「清涼感あふれる歌声」(椎名)が聴ける本作収録の『長く短い祭』におけるデュエットは、両者の関係性が結実させた大きな収穫と言えるだろう。

 そしてヒイズミマサユ機だ。椎名は彼の今回のボーカルを「初めて彼の発声が、かつてのジョン・ライドンみたいだと気付いたのです。やっぱり上品な不良がいい」と評している。そんなヒイズミマサユ機のレアかつ新たな魅力を放つ歌声は、本作収録の「急がば回れ」で確かめてほしい。

 加えて、『三毒史』で彼らゲストが選ばれたもうひとつの理由が“干支”だ。向井秀徳以外のゲストはすべて午年生まれ。午年生まれの椎名は、36歳となった2014年のアリーナツアーを『(生)林檎博’14 年女の逆襲』と銘打ち、今回、『三毒史』のアルバムジャケットでは自らペガサスになった姿を披露している。昨年迎えたデビュー20周年と不惑(40歳)を挟んで、およそ5年越しで“干支縛り”を完遂させたことになる。

 ルーツの昇華。同時代を共に生きるアーティストへのリスペクト。作家としての秀逸な当て書き。プロデューサーとしての眼力。さらにはコンセプチュアルな茶目っ気精神。こうした6曲のデュエットが持つファクターから『三毒史』を愉しむのもまた一興ではなかろうか。きっと音楽家・椎名林檎の“毒”が、耳から全身へ、より一層じわじわと回っていくはずである。

(文/内田正樹)

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