堀ちえみ「舌ガン切除後」の「会話困難」「味覚なし」生活(2)闘病続きの波乱万丈な人生

堀ちえみ「舌ガン切除後」の「会話困難」「味覚なし」生活(2)闘病続きの波乱万丈な人生

堀ちえみ「舌ガン切除後」の「会話困難」「味覚なし」生活(2)闘病続きの波乱万丈な人生

 振り返ってみると、堀の人生はこれまでも波乱万丈だった。

 82年に歌手デビューすると、翌年、16歳で主演を飾ったドラマ「スチュワーデス物語」(TBS系)がヒットして全国区の人気者になった。しかし、20歳で芸能界を一度引退する。

 89年に医師と結婚して3児の母になったものの、99年に離婚。その翌年、雑誌編集者と再婚して大阪で生活し、1男1女をもうけたあと、10年6月に2度目の離婚を経験。堀を知る芸能ジャーナリストの松本佳子氏はこう話す。

「大家族のため一升炊きの炊飯器で米を炊き、毎日、お弁当も作っていました。それでも夫婦関係はうまくいかず、別居生活に。気づいたマスコミが住民に聞き込みをすると、ふだんからご近所づきあいをしっかりしていたので、マスコミが嗅ぎ回っていることを住民が教えてくれたそうです。それを知った10分後には離婚を決意。あとで離婚原因を聞いたら、『ロマンを求める夫と現実主義の私はそこが合わなかった』と言っていました」

 離婚の翌11年、現在の夫と再々婚。夫の連れ子と合わせて7人の母親になると、大阪から、夫の住む東京に住まいを移した。

「生活は子供優先で、地方で泊まりの仕事は受けなかった。会社員の夫とは、結婚記念日などお祝いの時には、渋谷区にある高級寿司店に顔を出していました」(テレビ局関係者)

 山あり谷ありの結婚生活の一方、病気との闘いも連続していく。01年に当時、難病指定を受けていた「重症急性膵炎」で緊急入院。15年には難病の「突発性大腿骨頭壊死症」を患った。

「股関節の大腿骨頭に血液が回らず壊死する病気で、まともに歩くのも難しくなる。堀さんは人工股関節を入れる手術を受けて、歩けるまで回復しました」(医療ライター)

 そして約3年前からは、難病のリウマチと神経障害性疼痛で投薬治療も行っていたという。

「健康のため、定期健診はもちろんのこと、禁煙し、朝食は腸活のために、シリアルやフルーツなどを食べていたそうです」(テレビ局関係者)

 さらには病気以外にも不運は続く。18年夏には都内で自家用車を運転中、追突事故に遭って、頸椎捻挫で入院したこともあった。

「2度の離婚で苦労を重ねて精神的にタフになったのか、今までスタッフの前でつらそうな表情を見せることもなく、いつも笑顔で仕事をしていた印象があります。ご主人や子供たちがサポートしてくれる環境の中、今回も病気に打ち勝ってくれると思います」(松本氏)

 家族とともにガンとの闘いを決意した堀。今は何よりも回復を願うばかりだ。

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