長嶋一茂、プロ入りして直接対決したかった“あこがれの怪物”とは?

長嶋一茂、プロ入りして直接対決したかった“あこがれの怪物”とは?

長嶋一茂、プロ入りして直接対決したかった“あこがれの怪物”とは?

 平成生まれの方には、聞いたことはあっても現実に観戦したことはないのが、「後楽園球場」である。1937年9月に開場したこの後楽園球場は、87年11月に閉場。50年の歴史に幕を閉じ、現在は「東京ドーム」に姿を変えている。

 ところで、この87年は「昭和の怪物」の異名も取った、元プロ野球選手であり、巨人で活躍した江川卓氏が引退し、9年間のプロ野球人生にピリオドを打つ年でもあったのだが、これに歯噛みして悔しがる人がいた。ヤクルト、巨人に籍を置いた元プロ野球選手・長嶋一茂氏だ。

 元プロ野球選手・高木豊氏のYouTubeチャンネル〈高木豊Takagi Yutaka〉に4月25日に〈【初告白】長嶋茂雄の息子で苦労した事は何ですか!?一茂さんに聞いてみた。〉とタイトルした投稿回に一茂氏が出演。こう語っていたのだ。

「プロになりたい理由の1つってね、江川さんと対決したかったっていうのが、すっごいあった」

 何でも、自身が中学生の頃から、江川氏を特集した雑誌を見つけると必ず買い、江川氏と同じメーカーのグローブを使用する…などと江川氏にあこがれのまなざしを向けていたという一茂氏。しかし、一茂氏がヤクルトスワローズからドラフト1位指名を受けたのは、同じく87年。惜しくも対戦の夢は叶わなかったのだ。

 後年、一茂氏は江川氏に会うたびに「江川さんと対決したくて、プロに入ったんですよ。何で辞めたんですか?」と質していたそうだが、江川氏は笑顔を返すのみだったと言う。

 セ・リーグ最長タイ記録の最多勝利2度など数々のタイトルに輝いた成績だけを見れば江川氏に分があるだろうが、勝負は下駄を履くまでわからない。“叶わなかった夢の対決”に思いを馳せる興味深い回だった。

(ユーチューブライター・所ひで)

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