天才テリー伊藤対談「永野」(1)ピカソ〜のネタは最初ウケなかった

天才テリー伊藤対談「永野」(1)ピカソ〜のネタは最初ウケなかった

天才テリー伊藤対談「永野」(1)ピカソ〜のネタは最初ウケなかった

●ゲスト:永野(ながの) 1974年、宮崎県生まれ。高校卒業後、上京して専門学校に進学。1995年、オーディションを経てホリプロに所属し、芸能界デビューする。2002年にホリプロ退社後フリーの期間を経て、現在グレープカンパニーに所属。「浜辺で九州を一人で守る人」や「一度も観たことないんですが、スパイダーマンのモノマネをやります」などのシュールなネタで常にライブシーンでは高い人気を誇っていた。2014年の「アメトーーク!」(テレビ朝日)への出演を機に、徐々にメディアへの登場が増え始め、今年になって大ブレイク。「ピカソより〜普通に〜ラッセンが好き」などを代表ネタに主にバラエティ番組で活躍中。

「ゴッホより〜普通に〜ラッセンが好き♪」という「捧げる歌」ネタや、独特のシュールな笑いで人気急上昇中の芸人・永野。40歳超えでのブレイクということもあり、そのキャリアも山あり谷あり。自分の笑いにこだわり続けたこれまでの歩みを、天才テリーに打ち明けた!

テリー 今、すごい人気だね。もう休む暇もないでしょう?

永野 そうですね、ありがたいです。でもデビューしてから21年、ずっと休んでいたようなものなので寝だめもバッチリで(笑)。もう一生働き続けても大丈夫です。

テリー 「ピカソより〜普通に〜ラッセンが好き」っていう歌ネタとか、すごく独創的じゃない。ああいうのはどうやって作るの?

永野 それはもう、ホントに思いつきで。

テリー いいね。アイデアが天から舞い降りてくるんだ。

永野 カッコいい言い方をすると、そんな感じです。もうひらめき重視といいますか、インスピレーションだけです。ひたすらに自分を信じてやっています。

テリー いや、それがいちばんいいよ。だって、みんなは誰かのネタを見てマネするわけでしょ。それはアレンジ。でも、ピカソもベートーベンも岡本太郎さんも、みんなひらめきだから。永野さんは天才肌なんだよ。

永野 いやいや、でもそう言ってもらえるとうれしいです。最悪なことに僕、本当にプライドだけは高くて。お笑いを目指して上京した時も、お笑い学校みたいなところには絶対に行きたくなかったんです。

テリー ああ、講師にネタやセンスを矯正されちゃうからね。

永野 そうなんです。「素人っぽいセンスのままで、自分の考えた笑いがウケたら最高だな」ということに、ずっとこだわっていたもので。

テリー 人気が出始めるきっかけは何だったの?

永野 2013年に関西で「歌ネタ王決定戦」というコンテスト番組が始まりまして、それ用にピカソのネタを作ったんです。

テリー それはウケたの?

永野 いえ、その時は1回戦で落ちました(苦笑)。全然ウケなくて、年齢も40ぐらいだしで、現場がすごく切ない空気になってしまったんですよ。「あ、こいつ、今まで世界観にこだわったネタをやっていたのに、歌ネタなんか始めて痛々しい」みたいな。

テリー 最悪の空気じゃない。

永野 でも、なぜか自分では(このネタは)絶対いけるんじゃないかという確信がありまして、1年ぐらいめげずにやり続けていたら、今度は「アメトーーク!」の「パクりたい‐1グランプリ」という企画のオーディションがあったんです。

テリー アンタッチャブルの山崎弘也さんとFUJIWARAの藤本敏史さんが、おもしろいと思った後輩芸人のネタをもらっちゃう企画だよね。

永野 そうです。オーディションは持ちネタをデジカメで撮って送るんですが、このネタは番組に向いてないだろうと思っていたので、「僕が『アメトーーク!』に出たら、すげえ視聴率取りますよ!」みたいなことを言ったりして、すごく肩の力を抜いて収録できたんですよ。それがよかったのか、合格して番組にも出させていただいて。

テリー そこから風向きが変わったんだ。

永野 そうですね、そこから少しずつ他の番組にも呼ばれるようになりました。

関連記事(外部サイト)