80代からが人生の黄金期だ「毒蝮三太夫」(1)戦争体験を次世代に伝えたい

80代からが人生の黄金期だ「毒蝮三太夫」(1)戦争体験を次世代に伝えたい

80代からが人生の黄金期だ「毒蝮三太夫」(1)戦争体験を次世代に伝えたい

「昔は人生50年だったから、思い悩むことは少なかった。でも今は、人生80年。定年後に20年もある。問題は『健康寿命』をどう延ばすかなんだ。そのためには『喋る』ことがとても大事なんだよ」

 去年80歳になったのを機に、少し仕事を整理したんだよ。ラジオの生放送も調整してもらって、週3日はオフにしようと思ったんだ。人生を“軟着陸”させようと思ってね。ところが、その3日間にけっこう仕事が入ってくるんだよ。まあ、この年になっても声がかかるというのはありがたいことだけどね。

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 マムシさんこと毒蝮三太夫(81)の代表的な仕事といえば、48年間パーソナリティを務めるTBSラジオの「ミュージックプレゼント」。首都圏各地の店舗や銭湯、町工場などに足を運び、集まった観衆とのトークを生中継で伝える人気公開番組だ。午前中という放送時間帯もあり、観衆には高齢者が多い。マムシさんは、「ジジイ、ババア」と呼びかけながらも高齢者から愛され、元気づける日々を送っている。

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 番組が始まったのは1969年、俺が33歳の時だよ。「ジジイ、ババア」と呼びかけるようになったのは4年目くらいから。30代の俺からしたら、70代の人たちはどうしたって「ジジイ、ババア」に見えるじゃない? 今じゃ俺のほうがジジイだけどさ(笑)。

 当時の年寄りからは、日露戦争の話も聞けたんだよ。でも今は、第二次大戦が終わった年に生まれた人が71〜72歳でしょ。空襲で逃げまどった記憶がある人は確実に少数派になっているよね。俺は焼け野原を実際にこの目で見ているんだから、それを次の世代に伝えていくのも仕事のような気がするね。

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 ラジオのパーソナリティやテレビのバラエティ番組など、タレントのイメージが強いが、本業は俳優。「ウルトラマン」のアラシ隊員は当たり役として有名だ。現在、テレビ朝日で放映中の話題のドラマ「やすらぎの郷」(テレビ朝日系)にも出演している。

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 出演は2話くらいなんだけどね。脚本の倉本聰さんは「最後の仕事になる」みたいなことを言っているけど、そう言っといてまた書くはずだよ。それが手なんだから(笑)。でも倉本さんも82歳でしょう? お元気だよな。

 俺は12歳の時に「鐘の鳴る丘」っていう舞台でデビューしてから20年間、本名の「石井伊吉(いよし)」で役者をやってきた。それが、友人の立川談志の勧めで「笑点」の座布団運びをやるようになって改名したんだ。それがタレント活動のスタートだった。

 この時は俺の中でも、想像を絶する葛藤があったんだよ。だって、普通、「毒蝮」なんて名前にわざわざ改名するか? 談志からは、何度も何度も「毒蝮になれ」って口説かれたけどさ。のちに「お前、シャレで言っただけなのに、よく付けたな」なんて言ってたけどね(笑)。

 でもね、俺が役者一本で行っていたら、この年まで仕事は続けられなかったはずだよ。例えば今回の「やすらぎの郷」は80歳前後の登場人物が多い。だから俺にも声がかかったんだろうけど、これはマレなことなんだよ。

 考えてごらん。80歳の役は60代の人でもできる。柄本明さんみたいな、うまい役者なら簡単にやっちゃうよ。使うほうだって、セリフ覚えや足取りが落ちてきた現実の80代よりも彼らを使いたいと思うはずだからね。

 それを考えると、あの時、活動の場を広げるよう勧めてくれた談志には感謝するしかないよな。

毒蝮三太夫:1936年、東京・品川生まれの浅草育ち。12歳でデビュー後、舞台や映画などで活躍。68年、立川談志の助言で本名から芸名を改名。69年からTBSラジオ「ミュージックプレゼント」でパーソナリティとして活躍、現在に至る。主な主演ドラマに「ウルトラマン」のアラシ隊員など。NHK Eテレ「ハートネットTV」にも出演中!

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