“元不登校スイマー”砂間敬太、学校に行かなくなるも続けた水泳「葛藤し、悩んだ」

“元不登校スイマー”砂間敬太、学校に行かなくなるも続けた水泳「葛藤し、悩んだ」

※砂間敬太オフィシャルブログより

元不登校スイマーとして話題の水泳選手で2018年アジア大会の背泳ぎ200m銅メダリストの砂間敬太が24日に更新した自身のアメブロで、これまでの水泳人生を振り返った。

この日、砂間は「僕の水泳人生は3歳から始まりました」と切り出し、「父親がカヌー好きでよく川に行っていて そこでずっと川遊びをやめない僕を見て、両親がスイミングスクールに通わせてくれた」と説明。しかし、「川遊びはめちゃめちゃするのに、スイミングスクールでは半年間ぐらいずっと泣いていたらしいです」と明かし、「ずっと泣いてるもんだから、無理矢理でもいいから入れてください!!ってお母さんが先生に言ったらしいです」とエピソードを紹介した。

しかしその後は水泳にも慣れ「割と早い段階で選手コースに上がり、初めての全国大会は小学2年生の時」と明かすも、水泳と野球を両立した後に水泳を辞め、「しばらくして学校も野球も行かなくなりました」と告白。「理由は、なんで昨日学校来なかったの?とか色々聞かれるのが面倒だったとかそれぐらいの理由だと思います」と説明。

小5の時に、当時のコーチから誘いを受けて再び水泳に復帰したといい、「1年後、見事全国大会初優勝します」「そこから同い年には負けなし、毎年全国大会では勝っていました」と説明。しかし一方で「学校に行ってないのに水泳はやる。といういわば、プロみたいな感じでした」と述べ、「だから違和感というか…このまま水泳やっていいものだろうかと葛藤し、悩んだ挙句、中学3年生の国体(9月)でやめると決心」したことをつづった。

そして国体で3位入賞を果たし、帰りの新幹線を待っている時に天理高校の山本氏から「1度でいいから見学に来ないか」と声をかけられたといい、「すぐに天理高校に見学に行き、ここに行くんだろうなぁと心の中で思ったのを覚えています」と回想。「当時の僕は不登校だったので、相当な覚悟を持って山本先生は推薦してくれたんだと思います。本当に感謝しかありませんし、僕の恩師です」と述べた。

そこからは「トントン拍子に話は進んでいき、受験、入学、寮生活、と今まででは考えられない規則正しい生活が始まりました」「そこでたくさん学ぶことができ、たくさん周りに支えられて卒業することができました」とコメント。「大学は推薦を頂いていた中央大学に進学しました」「そこでも様々なことを学ぶことができ、チームとは何か!水泳を自らやること!などたくさん教えて頂きました!」とつづった。

砂間は「周りの方々に今まで学ぶことがなかったことを沢山教えていただき、毎日勉強させて頂いて日々成長できています」と述べ、「今という時間はもう戻ってこないし、過去は変えられないけど、未来は変えられるから、一分一秒大切に生きています」と前向きにコメント。「正直に真っ直ぐにこれからも生きていきたいと思います」とつづった。

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