自分が好きなものを、いかに人に伝えるか――『有田と週刊プロレスと』という伝え方の教科書

自分が好きなものを、いかに人に伝えるか――『有田と週刊プロレスと』という伝え方の教科書

『有田と週刊プロレスと』公式サイトより

「プロレスとは人生の教科書」

 そんな言葉を聞いた時点で、拒否反応を示す人は多いだろう。プロレス好きでもない人にとって、プロレスファンのそういった物言いは圧が強すぎるし、実際に話を聞いたとしても、「ああ、そうですか」としか反応できない。

 自分が好きなものを、それに興味がない人に話すのは、とても難しいことだ。

 そんな中、冒頭の言葉がキャッチフレーズになっている番組がある。それがAmazonプライム・ビデオで配信されている『有田と週刊プロレスと』(毎週水曜更新)だ。

 番組はその名の通り、くりぃむしちゅー・有田哲平が「週刊プロレス」(ベースボール・マガジン社)を元に語り、その中から人生の教訓を導き出していくというもの。

「だったら、私はプロレスファンじゃないし、結構です」となってしまうのは、あまりにもったいない。

 番組は昨年11月からシーズン1が始まり、今年5月まで全25回配信された。それが好評を博し、早くも7月26日よりシーズン2の配信が開始されたのだ。

 アシスタントは元AKB48の倉持明日香。小橋建太の大ファンだ。現在のプロレスには詳しいが、昭和のプロレスはそれほど知識がないという。

 ゲストは、ピース・綾部や宮澤佐江のようなまったくのプロレス初心者から、武井壮やアンガールズ・田中のように一時期だけプロレスを見ていた人、そしてケンドーコバヤシや水道橋博士のようなプロレスマニアまでさまざま。

 もちろん、プロレスマニアがゲストの回は話がスイングして面白いが、何よりも面白いのは、プロレスに対し、あまり知識のない人がゲストの時だ。そんな時、有田の驚異的な解説力が浮き彫りになるのだ。

 有田はまず、時系列を簡潔かつ丁寧に説明する。そして、マニアックで激似なモノマネを駆使しながら、表舞台で起こったことはもとより、裏で交わされた話も、あたかも現場にいたかのような臨場感たっぷりに話していく。

 最初は、“お仕事”的に話を聞いていたゲストが、徐々に前のめりになり、最後には有田の語り口に魅了され、興奮していく。実際、番組を見終わると、そこで語られたことや試合をネットで検索せずにはいられなくなってしまう。

 番組では、最初に有田に封筒が渡される。そこに入っているのは1冊の「週刊プロレス」。どの時期のどんな号が入っているかは、事前に知らされてはいない。その場で見て、それをテーマに語るのだ。

 いきなり渡されて語れるというだけでもスゴいが、それだけではない。とかくプロレスファンは、昔であれば「新日本プロレス派」「全日本プロレス派」など思い入れのある団体以外は見ないということになりがちだが、有田は新日、全日、UWF……なんでも見ている。好みに濃度の違いはあったとしても、優劣をつけて語ったりはしない。

 そしてなにより、昭和プロレスファンと現在のプロレスファンの断絶がいわれる中、今も現役で見続けているという強みがある。昭和プロレス好きは、最近のプロレスは語れないという人が多いが、有田は最近の「週刊プロレス」がお題でも、難なく解説してみせるのだ。

 また、この番組が特異なのは、プロレスを語る番組を作ろうという時、そのテーマをたとえば「長州力」だとか「新日本プロレス」だとか個人や団体、あるいは「長州力vs藤波辰爾」のようなある一戦などにしがちだが、そうではなく1冊の「週刊プロレス」にしたということだ。

 日本のプロレスは、独自の進化を遂げた。もちろん、アントニオ猪木やジャイアント馬場をはじめ、プロレスラーや団体運営者の力が大きかったのは言うまでもないが、それとは別の側面から見ると、「週刊プロレス」などのような活字メディアの力が大きかった。

 それは「活字プロレス」と呼ばれ、試合だけではなく、その背景や心情などを伝えることで、プロレスに奥行きを生み、ファンの想像力を膨らませていった。いわば、活字メディアがプロレスファンを育てていったのだ。

 個人的な話をすれば、僕も「プロレスファン」というよりは「プロレス雑誌ファン」だった。実際の試合を見るよりは、そのレポートやコラム、インタビューなどを読むことが主眼になるという本末転倒な状態にもなった。

 けれど、そういうファンが多いからこそ、プロレスは、歴史をひもとき、背景を探りながら「語る」べき対象になったのだ。
 
 だから「週刊プロレス」は、たとえ1冊だけでも、さまざまなことが語れてしまうのだ。その語り部に、全方位のプロレスファンであり、いまだに「週刊プロレス」を毎週読み込んでいるという有田ほど、うってつけな人材はいない。

 たとえば、2017年2月22日号をテーマにした回。札幌でのオカダ・カズチカvs鈴木みのる戦が表紙だ。そこには「もう事件はいらない!」という意味深なコピーが添えられている。

「アジャ・コング?」

 と、オカダ・カズチカの写真を見て言ってしまうほどプロレスに疎い宮澤佐江を相手に、そのコピーの意味を有田が解説してくのだ。

 まず有田は、オカダや鈴木がどんな存在なのか、また現在の新日本プロレスの勢力図を、AKBなどを例えに出しながら、わかりやすく示していく。その上で、コピーに書かれている「事件」とはどういう意味なのかを語り始める。

 それは1983(昭和58)年までさかのぼる。そこで有田がプロレスを見始めるきっかけとなった長州力vs藤波辰爾戦が行われ、初めて長州が藤波を破り、王者となった。そして翌84年2月、札幌で長州vs藤波の再戦が組まれたのだ。選手自身もファンも待ち望んだ試合だったが、入場時に長州が藤原喜明に襲撃を受け、試合が不成立になってしまうのだ。いわゆる「雪の札幌テロ事件」である。

「その後、藤波さんは控室に戻らずに、そのまま雪の街を歩いてパンツ一丁で。記者が追っかけていって『大丈夫ですか、藤波さん?』と。藤波さん、ちょっと泣いてるんですよ。『こんな会社辞めてやる』って言って。それくらい藤波さんはこの試合をやりたくて、(できなかったのが)悲しかったの」

と、有田は現場で見ていたかのように生々しく語り、それ以降、札幌は新日本プロレスにとって「事件が起こる場所」になったということをひもといていく。

「だから、札幌、『もう事件はいらない!』なんです!」と、再び「週刊プロレス」の表紙を見せる有田。

 オカダと戦ったのは、長州を襲撃した藤原の直系の弟子筋に当たる鈴木。彼自身も試合前のインタビューなどで「事件」をにおわせていた。だが、「事件」は起こらなかった。

「この日、オカダ・カズチカと鈴木みのるは事件をまったく起こさず、普通に試合をして、めちゃくちゃ盛り上げたんです!」

 つまり、現在の新日本は、「事件」に頼らずとも、試合内容そのもので盛り上げることができる。そのことを表現した表紙だった。その短いコピーの中に、それだけの歴史と意味が詰まっていることを、有田は鮮やかに解説するのだ。

 好きなものを伝える時、熱すぎても相手は冷めてしまう。逆に冷静に客観視しても、相手は引き込まれない。ならば、どうすればいいのか? そのお手本が『有田と週刊プロレスと』の有田の解説だ。自分の知識をひけらかしたり、自分の好みと物事の優劣とを混同したりは決してしない。いかに相手に伝わるかを第一に考え、提示する情報を取捨選択していく。その上で思い入れを加えることでメリハリが生まれ、話自体が面白く、聞きやすくなる。

「プロレスとは人生の教科書」と番組は言うが、『有田と週刊プロレスと』の有田の語り口こそ、人への伝え方の教科書なのだ。
(文=てれびのスキマ http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/)

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