改名発表の野性爆弾くっきー! 芸人引退を決意するまでの“地獄”で行き着いた我流の境地

改名発表の野性爆弾くっきー! 芸人引退を決意するまでの“地獄”で行き着いた我流の境地

野性爆弾

 

 8月18日放送『ニノさん』(日本テレビ系)にて、野性爆弾のくっきーが改名を発表した。新芸名は「!」を付け、1画増やした「くっきー!」。沖縄生まれの占い師・シウマのアドバイスによるものである。7画の「くっきー」は強い個性が周囲に認められ、芸能運がアップする名前だが、8画にすると今まで得たファンを逃がさず、より強固な芸能運になるという。個性だけが走る7画から、既存のファンをキープできる8画にバージョンアップしたという流れだ。

「じゃあ、それにしますよ。もっと売れるならば。僕、ほんまに芸名とかどうでもいいと思ってるから」(くっきー!)

同期のチュート徳井と次課長井上が回顧「野爆が最初に売れると思った」

 彼が本名の川島邦裕からくっきーに改名したのは野性爆弾結成25周年の2015年だった。つまり、今回は2度目の改名である。本当に名前などどうでもいいと思っているのだろう。

 やりたいことをやっていたら、いつの間にかオンリーワンの地位を築いていた、代えの利かない存在の野爆。実は、改名と同様に、お笑いを志すきっかけも行きあたりばったりの選択だった。「KAMINOGE」(東邦出版)vol.71のインタビューで、くっきー!は芸人を目指し、現在のポジションにたどり着くまでの心境をとうとうと語っている。

 もともと、学生時代のくっきー!は、お笑いを目指すような高校生ではなかった。それよりセックス・ピストルズやクラッシュをカバーするパンクバンドの活動に夢中になっていたという。

「ボーカルの奴に『一緒にお笑いやらへん』って誘われて、何も決めてなかったんで、将来を。だから『いいよ、いいよ』って一緒に大阪NSCを受けたんです。おもろい奴だったんですよ、そいつ」

 ちなみに、現相方のロッシーは、NSC入学当初、別の相方とコンビを組んでいた。その後、お互いの相方が辞め、余った2人で「一緒に授業受けに行こか」という話になり、それが野性爆弾結成につながる。

 高校時代のくっきー!は、ダウンタウンやとんねるずなど、テレビのお笑いを浅く広く見る若者だった。その姿勢は現在も変わっていない。彼には、入れ込んで芸人を続けている意識はないようだ。

「確かなんは、苦労という苦労はしてないかもスね。必死になったことないですから、お笑いで。血まなこになって『絶対、キングオブコント獲るで!』みたいな、そんな精神に一度もなったことないスね。言い方悪いスけど、『恥ずい』というか『真剣に賞獲りに行くの恥ずない?』みたいな。でも、賞獲るってのは、なかなかできないことだから凄いことなんスけどね」

 くっきー!から、過剰な熱の高さは感じない。昨年12月16日放送『ボクらの時代』(フジテレビ系)に出演した際も、『M-1グランプリ2018』(テレビ朝日系)を観なかったことを告白している 。

 実は、野爆を結成して5〜6年たった頃、くっきー!はロッシーに「お笑い辞めたい」と告げている。

「イベントやっても客入らへん、番組も呼ばれへんわで地獄やったんスよ、ほんまに。ずっと逆回転というか、何してもアカンほう、アカンほうに行ってて、それでさすがに痺れ切れて『もう辞める』言うて」

 しかし、ロッシーから「頑張ろう」と勇気づけられ、さらに芸人仲間の野爆への熱い支持が彼を思いとどまらせた。前出の『ボクらの時代』でくっきー! と共演したのは、徳井義実(チュートリアル)と井上聡(次長課長)の2人。3人ともNSC13期生の同期である。このとき、2人は若き日のくっきー!に ついて、異口同音に評している。

井上「(くっきー!を指さして)一番最初に売れると思ってたよ、野爆が」

徳井「確かに。変に華あったしな、なんか」

 しかし、同業者からの高評価に、世間の評価が追いつかなかった。

「当時、2丁目劇場いう場所やったんスけど、総当たりで、客のウケ具合で勝敗を決めるお笑いの大会があったんスけど、『べべ(最下位)の奴はレギュラーで舞台に上がる権利を剥奪されて、素人扱いに戻される』っていうお笑いの大会でべべになったんスよ。『素人に戻ったらお笑いやめる』と周りに言ってたんですけど、結果がべべで、そんときはケンコバさんやザコシショウが僕らのとこに来て、『まあ、ちょっと頑張れよ、おまえら』みたいなこと言うてくれました。だから、コバさんとザコシショウのおかげで今があるっちゃあるんス」

 野爆に光が差し始めたのは、06年にスタートした『野爆テレビ』。ヨシモトファンダンゴTVで放送されていた同番組は吉本の各劇場の楽屋でも流れており、これが野爆の存在を吉本全体に知らしめることになる。

「で、(千原)ジュニアさんが僕らの説明書になってくれて『野性爆弾はこういう芸人で、ここがオモロイ』みたいなんをしてくれて、そこからダウンタウンさんとかに名前を知ってもらえるようになったと思いますね」

 芸人引退を考えるも踏みとどまったくっきー!は、そこからある境地にたどり着いた。

「もう、お笑いのほうは『どうせ稼がれへんのやから、もっと好きなことやったろう』思ってましたね」

「『ダウンタウンみたいになりたい』とかそういうのはあるんスけど。だからといって、そういうネタをしようとかはないですね。ネタの作り方とかも学んだりしてないからちゃんとしたことがわからなくて。お客さんに合わすとかできなくて(笑)」

 7月8日放送『芸人先生』(NHK)に出演したくっきー!は西武園ゆうえんちを訪れ、同園の社員に哲学を語っている。

「私も芸人をやってまして、なかなか芽が出ず、やっとこさ芽が出たんですけど、私は頑なに『人と同じことをやらない』ってことを常々やってたんですよ。そして、今があるんです。絵も習ったことないんですよ、誰にも。全部、我流なんです。絵もそうなんですけど、1の1(最初)っていますやん。初めてその絵を描いた奴。人はそいつに聞くでしょ?  この1の1(最初)になりたいじゃないですか。人に習わず、他の案など聞かず、我流を貫いたらいいんですよ」

 くっきー! の哲学を知るほどに、彼にとって改名など大した問題ではないと理解できる。己がやりたいことを頑なに続け、それが今につながっただけ。

「でも、まあ、どうなんスかね。まだわからないですけどね、(芸人を)続けててよかったかどうか。億稼げてたらいいと言えるんでしょうけど」

 くっきー!は自身の野望について、以下のように語っている。

「なんとなくこうなったらええなーみたいなんはありますね。『週2、週3くらい働いて億稼げたらええなー』とは思いますねえ。極論を言えば、いかに楽して生きるかをずっと考えてるんで」

 名前を変えるだけで運気が上がり、今よりも売れるならば、改名など大した問題ではないということか。芯があるくせに、浮浪雲のような男である。

(文=寺西ジャジューカ)

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