Netflix『クィア・アイ in Japan!』はなぜ支持される? 「ビフォーアフター企画」との決定的な違い

 Netflixで配信中の『クィア・アイ』は、身も心も改造するというコンセプトのもと、ファビュラスな5人=ファブ5たちが悩める人のもとに行き、フード&ワイン、ファッション、カルチャー、インテリア、美容の5つの分野から変えていくという番組である。

 そんなファブ5が日本にも降臨。水原希子や渡辺直美と共に、さまざまな依頼者たちに会いにいく『クィア・アイ in Japan!』が11月より配信され、ネットを中心に話題となっている。

 日本版に登場したのは、ホスピスの家の看護師ヨウコさん(57)、ゲイの自分に誇りを持てないカンさん(27)、いじめ経験から自分に自信が持てないイラストレーターのカエさん(23)、妻と過ごす時間を増やしたいと悩むラジオディレクターのマコトさん(35)の4人。日本において、窮屈な思いをしている人の代表ともいえる。

 本作のやっていることは、一見、ビフォーアフター系の番組や数々の変身企画と変わりはない。しかし、圧倒的に違うのは、ファブ5たちが、その人の心の中や、問題の根本にまで切り込み、その上で変わっていく手伝いをするということである。

 ただし、私は最初、外見や住環境を改造することが正解だとは思えていなかった。なぜなら、自分が変われば世界が変わる、ということでは解決しないことがあるからである。しかし、本作には、それとは違うものがあると感じた。

 今まで日本で見てきた「私が変わりさえすれば世界も変わる」というのは、私が社会や世間に合わせさえすれば、周りも私のことを大事にしてくれるというものであった。いわば、過剰適応や、その場で辛抱するための「変わる」だったのだ。多くの女性誌がモテるファッションやメイクを研究し尽くしてきたが、それも、人からの承認を得るための「変わる」であった。

 しかし、この番組の「変わる」は、自己肯定感のない人が、自分を肯定するためにすることなのである。それは、看護師のヨウコさんを見てわかった。彼女はホスピスのために、身を挺して働いている。常に他人のためを第一にしていて、自分のことは二の次。献身的な態度が当然のように染みついているように見えた。

 この感覚は私にもわかる。日本では、自分のために生きてはいけないような圧力が常につきまとう。母親は子どものため、妻は夫のため家のため、社会人は職場の花や潤滑油であれと期待され、未婚であれば、若いときは性的に見られる役割を担わされ、年齢を経れば社会のため、地域のために生きているということを前提にしていないと、なんとなく生きづらい。大学進学時に地域を出るだけでも、“地元を捨てた”“大切な労働力で、かつ「嫁」となる貴重な女性が流出した”と言われてしまう。貴重と言われつつも何かのための公共の財と期待され、選択することを阻まれているのだ。

 もちろん、他者への貢献を考えることは決して悪いことではない。しかし、他者のことを考えることだけが第一になると、次第に自分のことはネグレクトしてしまうようになるし、自己卑下も多くなる。セルフネグレクトをすれば、自然と自分の見た目を気にすることもなくなり、住環境についてもどうでもよくなってしまう。必ずしも見た目や住環境にこだわる必要はないが、無意識に、そして緩やかに自暴自棄になっている状態も良いとは言えないだろう。

 アメリカで収録されたほかの『クィア・アイ』も見てみたが、登場する人たちは、「自分のために生きる」ことが困難な状態にあるという意味では共通していたが、どちらかというと、自分なりの哲学は持っており、そのこだわりが自己肯定を邪魔している人もいるように見えた。日本の場合とは少し違っているようだ。

 一方で、男性にも、自己肯定することやセルフケアの重要性を感じた。特にラジオディレクターのマコトさんは、当初は、自分が何を考えているのか、自分の内面に目を向けて対話することのハードルを上げているように感じた。自分の気持ちがわからないと、他人にも遠慮してしまって対話ができない。それは、マコトさんだけのことでなく、同じような悩みを持っている人は多そうだ。日本では、距離を置くことが「優しさ」や「ルール」になっているところがあり、そこともつながっているようにも感じた。

 しかし、不思議なのは、日本では、人との距離は置くというのに、ぶしつけな質問をしたり、見た目や性についてずけずけと立ち入ることには無神経な人がいるということだ。ゲイの自分に誇りを持てないカンさんも、自分がゲイと告白すると、日本ではすぐに性的なことを訪ねてくる人がいるという。前出の看護師のヨウコさんも、周りの人から「女を捨てている」と言われたことがあると語っていた。

 ファブ5たちは、時には人の立ち入ってはいけないような深いところまで潜り込む。イラストレーターのカエさんと対話していく中で、彼女だけでなく、母親との関係性にも何かがあると思えば、そこにもちゃんと向き合うし、ラジオディレクターのマコトさんの夫婦関係にも切り込む。それは、日本で暮らす自分からすると、驚きでもあったが、人が抱える問題に深く入り込まずに、外見や住環境だけを変えたのであれば、日本で今までやってきた、数々の変身企画と変わらなくなってしまう。

 正直、やはり私も他人との距離を置くことが自然と染みついている。だから、もしも私のところにファブ5が来たとして、自分のことをここまでさらけ出すことはできるのだろうかとも思ってしまったが、他人事とは決して思えないし、外見や住環境を変えるかどうかは置いておいても、自分のことを少しでもねぎらって生きていきたいと思えた。

 ファブ5は決して人を承認しにやってきたのではないと思う。自己肯定感が持てない状況に気付かせ、肯定感を持てる手伝いをしにきたのではないか。だから、見た目や住環境を変えるのは、そのきっかけにすぎないのかもしれない。

 本作の日本ロケが行われた際、雑誌やWEBの記者を集め、取材会が行われたそうである。そのときに質問した記者の中には、ファブ5に自分たちの状況を話すうちに、涙を流す人が続出したそうである。ファブ5を必要としている人は、日本にこそ無数にいるのだと感じた。

(文=西森路代)

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