『チコちゃんに叱られる!』千葉雄大がチコちゃんに完勝!

『チコちゃんに叱られる!』千葉雄大がチコちゃんに完勝!

NHK『チコちゃんに叱られる!』

 5月8日放送『チコちゃんに叱られる!』(NHK)のゲストは千葉雄大と田中美佐子。いきなり、「本番前は“スマホを落とした”みたいな顔してたわよ」と千葉に指摘するチコちゃんだが、これは千葉の主演映画『スマホを落としただけなのに』にかけたイジりである。ちなみに、画面下に出されたテロップには「2020年2月27日に収録しました」と書いてあった。どうやら、だいぶ前に行われた収録のようだ。

 今回、番組が取り上げたのは以下の3つのテーマだ。

・なんでツバメは人の家に巣を作るの?
・なんで電子レンジはチンって鳴るの?
・なんで小学生はランドセルを持っているの?

地頭のいい千葉雄大が、大活躍!

「動物が大好きなステキな大人ってだーれ?」というチコちゃんの呼び掛けから回答者に指名されたのは千葉だ。彼はイモリを飼っていたことがあるという。

チコちゃん「いいじゃない。家の守り、イモリね」

千葉「それ、ヤモリ」

チコちゃん「あっ、そっか。ごめんなさい(苦笑)」

 らしくないミスを犯したチコちゃんが千葉に出題したのは、「なんでツバメは人の家に巣を作るの?」という質問だった。なんと、この問いに千葉が一発正解! 「つまんねーヤツだな〜」とすねたチコちゃんは、悔しさから漢字の問題を3人に出題する。「『かばん』を漢字で書いてみよ」という問題だったのだが、これを今度は全員が正解した(答えは「鞄」)。

チコちゃん「つまんねーヤツらだな〜」

岡村「やった! これ、初めて違う? してやったりの回や!」

チコちゃん「初めてのことです〜。あ〜あ、つまんないの、つまんないの。もう、眠たくなっちゃった。もう、なんにもやる気がしない〜。もう、やだ。もう、筒香(メジャーリーグ、タンパベイ・レイズへ移籍した筒香嘉智選手)に会いにアメリカに行きたい」

 画面上に出る「「史上初! 完全につまんねーヤツ」という祝福のテロップ。チコちゃんが出す問題に正解し、さらに漢字問題に3人全員が正解というのは番組史上初の出来事なのだ。

 番組はツバメにちなんでヤクルトスワローズのファンに同じ問題を聞きに行き、さらにはスワローズのマスコット「つば九郎」にもこの問題を出題した。つば九郎は「たかいやちんをはらわなくてもいいから(高い家賃を払わなくてもいいから)」と回答したが、もちろんこれは誤りである。正解は「人間がガードマンになってくれるから」。

 ツバメがあえて人の近くに巣を作るのは、カラスやヘビなど天敵から身を守るためである。ツバメが人間の近くに巣を作ると、ヘビやカラスは人間を恐れて民家にそうそう近づいてこない。人けの多い場所に巣を作れば天敵から襲われずに済むというわけだ。また、ツバメは一度安心と感じると、翌年も同じ場所に戻ってきて巣を補修して子育てする習性がある。そんな中でたどり着いた安住の地が民家の軒先だった。

 なぜ、そんな近くにいるのに人間は巣を壊したり、ツバメを獲って食べたりしないのだろう? その理由は、ツバメと人間がWin-Winの関係だから。ツバメは農作物を食べずに害虫だけを食べてくれる益鳥として古くから大事にされてきた。人間との共存関係があったから、ツバメは人間の家に巣を作るのだ。

 この関係性の歴史は古く、奈良時代の万葉集にはツバメが“春の訪れを告げる鳥”と紹介さている。さらに、江戸時代中期の百科事典『和漢山菜図絵(わかんさんさいずえ)』に「ツバメは人の家のそばに巣を作る」といった解説もあり、昔からツバメが日本人の身近にいたことがわかる。そして、いつしか「ツバメが巣を作る家には幸せが訪れる」と考えられ、ツバメは縁起のいい鳥と知られるようになっていった。例えば、ツバメが巣を作る家は火事にならないと言い伝えられているし、商売繁盛を運んでくるともいわれている。あと、アンガールズ・田中卓志の実家のリビングにはツバメの巣が4つあるなんて話も聞いたことがある。いまや、田中は押しも押されもせぬ売れっ子だ。なるほど。

 ところで、「ツバメの巣」は中華料理の高級食材として知られている。いや、あのツバメの巣と日本で見られるツバメの巣は別物である。中華料理で出されるツバメの巣を作っているのはツバメではなく、アナツバメというまったく別の種類の鳥だ。だから、ツバメの巣を見つけても決して食べないように。

「なんで電子レンジはチンって鳴るの?」というチコちゃんからの質問に答えるのは、MCの岡村隆史である。

岡村「これは、人間の耳の構造です。あれが例えば“ブー”やったら、都会の雑音に埋もれてしまうんです。特に、このコンクリートジャングル東京なんかは」

チコちゃん「いやいやいや、(チンに)なったきっかけを教えてほしい」

岡村「電子レンジっていうのはタイマーセットになっているでしょ? ドイツのベッケン・タイマーさんが一番最初に作ったタイマーがそういう構造やったのね」

 そんな、ドイツの元サッカー選手のフランツ・ベッケンバウアーみたいな人名を勝手に作らないでも……。

 このテーマでチコちゃんが発表した答えは「藤井寺市にサイクリングに行ったから」だった。詳しく教えてくれるのは、電子レンジの“チン”という音を開発したご本人。元大手家電メーカー社員の藤原康宏さんだ。

「電子レンジのチンの音は自転車のベルの音をまねたんです。料理が仕上がったよということを知らせるためにチンと鳴らしたんです」(藤原さん)

 1971(昭和46)年に発売された初期の電子レンジ「R-651」を鳴らしてみると、”チン”と本当に自転車のベル音がする。どうやって鳴らしているかというと、電子レンジの中に本物のベルそのものが組み込まれているのだ。

 ここから、番組は『プロジェクトX〜挑戦者たち〜』風の再現VTRを放映。BGMには中島みゆき「地上の星」を流し、ナレーションには田口トモロヲを起用した、題して「チコジェクトX〜挑戦者たち〜」だ。今回のタイトルは「チンの音色よ鳴り響け 〜入社4年目 若手社員の戦い〜」である。

 家電ブームが到来する高度成長期の昭和36年、家電メーカーに入社した藤原さんは電子レンジ部門に配属される。同年、ライバル会社が国内初の業務用電子レンジを発売。その翌年、藤原さんの会社も業務用電子レンジを発売した。すると、藤原さんの会社の電話が鳴る。そんな短時間で温まるとは誰も思わないので「出来上がったのに気づかなかった。気付いたら料理が冷めていた」というクレームが入ったのだ。ここからは田口のナレーション。

「そろそろかと思ったときには冷めてしまっていた。一体、どうすればいいのか……。藤原は考えた。“終了の合図をつければいいんじゃないか”。目の付けどころが、鋭かった」

「目の付けどころが、鋭かった」って、いっそのこと、もうシャープだって言えばいいのに……。公共放送NHKだけに、「目の付けどころがシャープ」と会社名を言えないのがもどかしい。 

 電子レンジが使われていたのはうるさい厨房だ。厨房で温め終了を気づかせるには、どんな合図がいいのか……? そんな中、藤原さんは会社の催しでサイクリングに出かけた。

 すると、途中で道幅が狭くなる。次々とブレーキをかける社員たち。そのとき、「危ない」と思った藤原さんは“チーン”とベルを鳴らした。すると、人々が一斉に振り向く。誰もが気になる音だったのだ。

「このチンだ! 考えあぐねてたさなかですが、こういうことでこの音に巡り合えるとはちょっと思わなかった」(藤原さん)

 会社の隣町の自転車店からベルを取り寄せ、鳴らし、「このチンだ」と電子レンジの音はあっさり決定する。こうして、自転車のベルが電子レンジに搭載されることになった。昭和42年、国内初の”チン”と鳴る電子レンジが誕生! この電子レンジは大ヒットとなり、人々は電子レンジで温めることを「チンする」と呼ぶようになったのだ。

「やったなという感じです。コンビニ行っても“チンしますか?”って聞いてきますもんね(笑)。そこまでレンジの音を皆さんが言ってくれるとは思いませんでした」(藤原さん)

 よく考えると、「チンする」という言葉で電子レンジを連想させるのはすごいことである。決して誇張ではなく、シャープが新しい日本語を作った。現代で例えると、ネット通販を「ポチる」と表現するのと同じことだろうか? 文句なしに目の付けどころがシャープである。今回の電子レンジ開発エピソードは、本家『プロジェクトX』でも全然いけたはずだ。というか、「都会の雑音に埋もれないように」という岡村の答えは、実は合っていたな……。

 2問目終了後、ゲストの田中に「ダイアモンドって傷つかないの?」と質問するチコちゃん。デビュー作であり主演映画の『ダイアモンドは傷つかない』を唐突にぶっ込まれ、「言わないでそれ、知らないんだから誰も(笑)」と慌てた田中が3問目の回答者だ。チコちゃんの質問は「なんで小学生はランドセルを持っているの?」で、田中は「猫背対策」と回答、チコちゃんから「ボーっと生きてんじゃねーよ!」と叱られてしまう。ちなみに、もう1人のゲストの千葉は「子どもはよく転ぶから、ガード(クッション)みたいな」と回答している。

 このテーマでチコちゃんが発表した答えは「小学生がランドセルを持つのは学習院が採用したから」だった。詳しく教えてくれるのは、日本鞄協会、ランドセル工業会会長の林州代先生。いわく、明治10年に開校された学習院は華族(当時の上流家庭)の教育を目的としながら平民の入学も許可されていた。そして、ひとつの問題が起こる。通学時、馬車で通学して荷物を使用人に預ける子どもがいる一方、風呂敷で勉強道具を持ち運ぶ子どもがいるなど、おのおのの家庭環境の差が激しかったのだ。

 そんな状況に当時の学習院は「学校は皆平等。家庭環境を教育の場に持ち込むのはよくない」と判断、学習院の生徒は学用品を自分で持ってくるように決めた。このとき、学習院は中学3年生以下の生徒に共通の通学カバンを採用する。それは当時、日本の軍隊で使われていた「背のう」という布製のカバン。両手が使え、なおかつ多くの物が収納できるという利便性から採用されたといわれている。こうして、開校から8年後の明治18年、学習院の生徒は背のうを背負い、自分の足で歩いて通学するようになる。ちなみに、背のうがランドセルと呼ばれるようになったのには理由がある。背のうはオランダから持ち込まれたもので、オランダ語で「ランセル」と言う。それが転じて、「ランドセル」という言葉が生まれたのだ。

 このランドセルが今のような箱型になったのには、きっかけがある。明治20年、後の大正天皇が学習院初等科にご入学された際、当時の総理大臣・伊藤博文が特注の背のうを大正天皇に献上したのだ。黒革が使用されたこのランドセルは「学習院型ランドセル」と呼ばれ、サイドに筆箱を収納できるデザインになっていた。ふたは今と同じように上に開くようになっていて、100年以上経過した現在でも基本的なスタイルは変わっていない。

 この学習院型ランドセルが全国で根付いたのは昭和30年代。その背景は2つある。昭和30年代は高度経済成長期で、一般の家庭も豊かになった時代だ。だから、高価な革製の学習院型ランドセルにも手が出るようになった。また、この頃から勉強道具や教科書が増え始めた。頑丈でたくさん物が入るカバンの需要が高まり、学習院型ランドセルは瞬く間に全国に広がっていったのだ。

 ほかにも、ランドセルが根付いた理由はある。まず、両手が空く。安心だし、安全だし、便利だ。あと、手提げカバンや肩掛けカバンに比べると両肩で背負うので体への負担が少ない。そして極め付きは、子どもが後ろに転んだ場合。ランドセルがクッションになって頭を打たないということ。ランドセルが子どもを守るので安全というわけだ。じゃあ、このテーマでも千葉はチコりかけていたということになるな……。地頭の良さを遺憾なく発揮する千葉雄大、さすがにノッている。

 真新しいランドセルを買ってもらったであろう新小学1年生の子どもたち。でも、新型コロナウイルスの影響で通学する機会を得られないままでいる。子どもたちが元気に通学できるようになるまで、果たしてあと何日待てばいいのだろうか?

 ちなみに、今夜は「すでにやったけど、同じ質問をいただいたSP」と題した総集編が放送予定のよう。CG制作に時間を要するので比較的ストックの多い番組だが、それにだって限りがあるはず。今後はリモート出演という形を取りながら番組収録が行われていくのだろうか?

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