案内人に怒鳴られてもヘラヘラ!? 張成沢処刑前夜に見た、「右から左へ」しながら生き抜く北朝鮮人のメンタリティ

案内人に怒鳴られてもヘラヘラ!? 張成沢処刑前夜に見た、「右から左へ」しながら生き抜く北朝鮮人のメンタリティ

2013年年末、“あの事件”直前の平壌の様子

 あれは今から約3年半前、2013年の年末のことです。

 当時の平壌の雰囲気は明らかに違っていて、張り詰めた空気が街に漂っているようでした。

 案内員も前回とは違って冗談が通じない人が配置され、取材箇所の交渉も一筋縄ではいきませんでした。

 その回の訪朝では大手テレビ局と一緒に回っており、車代もテレビ局負担のため、野良記者の私に決定権などなかった点も大きかったのでありますが、前回ほど自由なコミュニケーションが取れず、内心、困惑しておりました。

 そんな中、ホテルで親戚に会ったとき「これからうちに来る?」という話になりました。

 本来であれば案内員もタクシーに乗せて連れていかなければならないのですが、私はそれをすっかり失念し、その場のノリで親戚とタクシーに乗って親戚宅に行ってしまいました。

 すると到着した瞬間、親戚宅の電話が鳴り、受話器からは案内員の「勝手なことをするな」という怒号が漏れ聴こえました。

 しかし、親戚は萎縮するどころか「えっ、そうなんですか? それは知りませんでした。ハイハイ、すみませんでした〜」などとヘラヘラ笑いながら適当に受け流しておりました。

 私も、いつもなら案内員からは諭されるように説教されるところが、今回は大声で怒鳴られ、「平壌は随分と感じ悪い雰囲気になってきたな」と思っておりました。

 ようやく受話器を置くと間髪入れずに再び電話が鳴り、「今お前の家にいるのは誰だ?」と聞こえました。地域の自治会責任者のようでした。

 すると次は、親戚は負けじと「だから親戚って言ってるでしょ? どこの親戚? 日本ですよ、日本」などと強気で食い下がり、あろうことか電話をほぼ“ガチャ切り”していました。

 私はその様子を見つめながら、気が気ではありませんでした。なぜかって?

 私のせいで一族が懲罰を受けたらどうしようかとか、そもそも親戚はあのような反抗的な態度をとって大丈夫なのだろうかとか。

 全身の毛が逆立ち、私の体からは漫画のように冷や汗がダラダラと噴き出ました。文字通り体がガタガタと震えたのは、後にも先にもこの時しかありません。

「あの、大丈夫でしょうか? あとで怒られないですか?」

 するとドッと笑いが起き、「ビビりすぎだ」と言われました。

 いや、絶対に大丈夫じゃないだろう……。その後、出された食事は、まったく味がしなかったことを覚えています。

 翌朝、迎えに来た案内員はまだ機嫌が悪く、「申し訳ありませんでした」と平謝りしましたが、帰りのタクシー内ではずっとガミガミと小言を言われ続けてしまいました。

 その直後に、金正恩氏の叔父である張成沢氏が処刑され、あの異様な空気が腑に落ちた気がしました。識者に聞くと、おそらく処刑前夜ということで国全体の統制が厳しくなっていたのだろうという見方でした。

 その後、日本では高射砲で幹部を木っ端微塵にしただとか、一般市民を集めて公開処刑したなどの真偽不明な話が流れ始めましたが、「あの空気」を体験した私としては、それを受けてさまざまな想像をしてしまうようになりました。

 やがてはそれが軽いトラウマとなり、「私のような人間がヘタに関わって、向こうの幸せを壊すわけにはいかない」と思うようになりました。
 
 さらに、私がiPhoneで世界のバカ画像やゲームを見せたりしていたことが大ごとになるのではないか(北朝鮮では、場合によっては見たほうも罰も受ける)、そして日本での私の活動が北朝鮮を刺激し、最悪の事態も起こりうるのではないかと勝手な恐怖を募らせたのでありました。

 そのうち、公私にわたって多忙が続き、訪朝のタイミングがなかなか得られず、海外に在住する北朝鮮人民との交流はありましたが、親戚との連絡は途絶えがちになりました。

 しかし、このままではよくない。そこで、届かない可能性も想定しつつ、勇気を振り絞って手紙を出したところ、みんなまったく何事もなく健在でした。

 それどころか一人は結婚して子どもを産み、一人は来年結婚、一人は大学を首席で卒業して良いところへ就職しており、相変わらずのリア充ぶり。「連絡ないから死んだかと思った(笑)」などと、逆にこちらが心配される始末でした。
 
 処刑や懲罰に関しては、さすがの私もまったく勘所がわかりません。

 しかし、思えば20歳くらいの女の子が街中で歩哨(身長180p程度)と大声でケンカしていた場面もありましたし、地方でも市民が人民軍の車を襲ったり幹部に詰め寄る場面は珍しくなく、「恐怖政治のもとで一方的に抑圧される人民」というイメージは一概に正しくないといえましょう。

 ジャーナリストの米村耕一氏が著した『北朝鮮・絶対秘密文書』(新潮社)でも、法的手続きにのっとって懲罰が行われていることが明らかにされています。資本主義国よりも明らかに制限がある中で時にはたくましく、時には右から左へ受け流しながら生き抜く人民のメンタリティには、今後も注視していきたいと思います。

 もちろんさまざまな情報があるでしょうから、私の体験・および観測範囲に限った話であることを申し添えておきます。


●やす・やどろく
ライター、編集者。都内大学院の心理学部在籍中。元朝鮮青年同盟中央委員。政治や民族問題に疲れ、その狭間にある人間模様の観察に主眼を置く。しばしば3重スパイ扱いされるのが悩み。日朝和平、北朝鮮のGDP向上、南北平和統一を願う一市民。ペンネームは実家が経営していたラブホテルの屋号(※とっくに倒産)。

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