7.9%スタートの窪田正孝主演『僕たちがやりました』9時台で「不快な人間を見せる」という試みは成功するか

7.9%スタートの窪田正孝主演『僕たちがやりました』9時台で「不快な人間を見せる」という試みは成功するか

関西テレビ『僕たちがやりました』番組公式サイトより

 エログロ、陰惨、登場人物はクズだらけ……でも、ちょっと爽快な原作コミックを映像化したカンテレ制作の「火9」ドラマ『僕たちがやりました』も、18日からスタート。第1話の視聴率は7.9%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、ややコケな数字でした。9時台としては、最近では珍しいくらいの不快な暴力描写なんかもあって、途中離脱した視聴者も少なくなかったと想像します。不良高校生・市橋(新田真剣佑)の喫煙シーンなんて、例の「BPナントカO」あたりに「けしからん!」的な御意見が殺到しそうです。

 物語の主人公は「人生そこそこでいい」と考え、特にやりたいことも夢もない凡下(ボケ)高校の2年生・トビオ(窪田正孝)。彼女もいないし童貞ですが、とりあえずエロDVDを見て、毎日そこそこ楽しく生きているようです。そんなトビオといつも一緒に遊んでいるのが、ヤリチンモテ男の伊佐美(間宮祥太朗)と、キノコ頭のヒヨワ男子・マル(葉山奨之)という2人の同級生。そして、この3人の高校生活を「そこそこ楽しい」たらしめているのが、すでに凡下高を卒業しているのに、3人が所属するフットサル部(主に部室でエロDVDを見るなどの活動をしている)の部室に入り浸っているパイセン(今野浩喜)です。

 パイセンは20歳ですが、働いていません。親が大金持ちらしく、真っ白な高級BMWで凡下高に通っては、後輩3人と連れ立って「トランプしようや!」「金ならあるんや!」「カラオケや!」「ボウリングや!」と、楽しくやっています。ほかにこの男を相手にしてくれる友達もいませんし、3人もパイセンの金が好きなだけで、パイセン本人が好きなわけじゃないようです。パイセンはそんな3人の気持ちも薄々わかっていますが、ほかにやることがないのでしょう、毎日彼らを誘っては、湯水のようにお金を使ってスポッチャに通っています。

 ところで、凡下高から道路を挟んで向かい側には、矢波(ヤバ)高校という、いかにもヤバイ高校があります。その中でも、とりわけヤバイのが冒頭で記した市橋という生徒が仕切っているグループ。たまり場にしている倉庫を「矢波高コロシアム」と名付け、そこらへんの弱っちい男子高校生を拉致してきては、素手で殺し合わせるというヤバさです。

 ある日、凡下高の3人とパイセンは、いつものようにスポッチャで楽しく遊んでいました。すると、トイレに立ったキノコ頭のマルが、市橋一派に拉致されてしまいます。コロシアムには、すでに、ひと目でそれとわかるマルの対戦相手が用意されていました。その名も、ウンコ(加藤諒)。キノコとウンコは、殺し合いを命じられます。市橋いわく「3分で決着がつかなければ、両方殺す」と。いやー、不快です。趣味が悪い。

 ウンコはウンコなりの卑怯な手を使ってキノコを殺しにかかりますが、どうにもケンカ慣れしていない2人。決闘はグダグダになりつつ、キノコが馬乗りでパウンドを連打し、不器用なフロントチョークを繰り出してウンコがタップ。見事、決着が付きました。両手を上げて、雄叫びを上げるキノコ。

 しかし、市橋は納得しません。「まだ死んでねえぞ」と、さらなる首絞めを要求。怖いので従うしかないキノコはウンコを失神させて完全勝利を収めると、「帰っていいぞ」という許可を得ました。しかし次の瞬間、そこらへんで懸垂運動をしていたマッチョマンが「ちょっと待った!」と登場。「初めて会ったときから殺したいって思ってました!」と熱烈な告白をして、結局マルはボコボコにされてしまいました。

 マルがそんなことになっているとも知らず、ローラースケートに興じながら光GENJIの往年の名曲を熱唱したり、カラオケで郷ひろみの往年の名曲を熱唱したりしていたパイセンとトビオ、伊佐美でしたが、大満足して帰ろうとしたらBMWの前に大きな段ボール箱が置いてあります。パイセンは「サプライズか!?」と喜びますが、箱の中身はボコられたマルでした。向こうでは市橋ら、矢波高の連中がゲラゲラ笑いながらバイクで去っていきます。

「あいつら殺そう、俺たちで」

 そこそこ楽しければそれでよかったトビオが、そんなことを言い出すのでした。ここまでが冒頭のネタ振り。いわゆる導入部分です。


■28歳の窪田くんに高校生役が務まるのかという問い

 放送前からあちこちで取り沙汰されていたのが、実年齢28歳の窪田正孝が高校生を演じることへの違和感でした。しかし、ここまで見た限り、印象としては全然大丈夫。もともと、いい意味で色味の薄い俳優さんでもありますし、みんなで大ハシャギしながら歌っているのが全部懐メロなこととか、そのへんが人物観をちょっと年齢高めに寄せている感じになっていて、それにマッチしているのかもしれません。

 そして何より、窪田くんより10コ年上の実年齢38歳なのに、20歳のパイセンを演じている今野浩喜が横にいるので、細かいことはどうでもよくなってしまいます。何しろ、この今野がピンズドなんです。ダミ声なのに聞きやすい独特の声で発せられる胡散臭い関西弁も、やけに上手いタンバリンさばきも(練習したそうです/記事参照=http://www.cyzo.com/2017/06/post_33254.html)、ハシャいでいるのにどこか寂しげで、他に類を見ない独特な造形の顔面も、まるでコミックからそのまま立ち上がってきたようなパイセンそのもの。実に信用できる配置です。

 というか、この『僕たちがやりました』という物語で、もっとも深く背景を掘り下げられる人物は、原作通りなら、実はパイセンなのです。パイセンの金によって目的のないモラトリアムを楽しく過ごしていた高校生3人が、パイセンのチョンボによって“逃亡犯”に仕立て上げられる。逃亡中もパイセンの金に振り回され、パイセンの心情や行動や環境に影響を受けながら、生き方を模索する話。つまり、パイセンというキャラクター造形の成否が、このドラマの核になる部分だったわけです。

「だったわけです」と過去形で書いたのは、とりあえず成功していると思ったからです。展開が、というか、原作の改変がどう転んでも、このパイセンだけ愛でていればドラマを完走することができそうです。後輩芸人のネタである「ダンソン!」とか「空前絶後のー!」とかを全力で演じちゃう今野パイセン。「塀を乗り越えて高校に侵入する」という、何か遠い記憶が甦りそうなシーンを嬉々として演じる今野パイセン。かわいいよパイセン。


■第1話は、きっちりコミック第1巻まで

「あいつら殺そう、俺たちで」

 そう決意したトビオたちでしたが、もちろん、本当に殺すことなんてできません。パイセンの金にモノをいわせて、ちょっとガラスが割れる程度の簡易爆弾を作って、夜中に矢波高に忍び込むことにしました。

 馬など、思い思いの動物マスクをかぶって、そこらじゅうに爆弾を仕掛けます。起爆スイッチは、リモコン操作で。翌日の昼休みに、凡下高の屋上でポチポチしながらビビる矢波高生を眺めようという算段です。仕掛けている途中で不用意にマスクを外したパイセンが矢波高の宿直さんとトビオの担任・菜摘ちゃん(水川あさみ)に目撃されますが、あんまり気にしてません。

 そしていよいよ祭りの当日。起爆スイッチを押す順番は、ボコられたマルからです。続いてトビオ、もちろん伊佐美も、パイセンも。

 ポチ、パリーン。ポチ、パリーン。

 スイッチを押すたびに、矢波高の窓ガラスが割れます。矢波高生たちは、「狙撃されてる!」とビビりまくり。トビオたちは大喜びです。

「人がゴミのようだー!」「バルス! バルス! バルス!」

 調子に乗りまくったパイセンが「どうも、あご乗せ太郎です」などと意味不明な自己紹介をしながら、あごでスイッチを押すと、なぜか矢波高は空爆に遭ったように激しく爆発し、大炎上。こんな強力な爆弾作ってないし、作れるわけもないのに……。

 憎き市橋は倒れて動きません。何人もの不良たちが火だるまになっています。トビオの「俺の人生、そこそこでよかったんですけど……」というモノローグで、第1話はここまで。きっちりコミック1巻分を忠実に再現した感じです。ドラマオリジナルキャラである菜摘ちゃん先生がパイセンたちを目撃していたことで、ちょっと原作から展開が変わってくるのかもしれません。

 第1話ではあんまり目立ちませんでしたが、物語にヒロインは2人。伊佐美の彼女でヤリマン巨乳の女子高生は川栄李奈がおっぱいに夢をいっぱい詰めて演じ、トビオの幼なじみには永野芽郁がブッキングされました。原作のエロシーンを、9時台でどれくらい再現してくるのかにも期待したいところです。特に川栄が演じる今宵ちゃん! 頼むよ!


■「不快な人間を見せる」という試みは成功するのか

 公式ホームページに「ハチャメチャな若者エンターテインメントに見えるが、(原作漫画を)読み進めていくと人間の業が見えてくる。ドラマは結果的に人間のどうしようもなさ、心の中をのぞいているみたい。一皮めくると見えてくる、人間の本質的な部分を、若者たちが演じることでむき出しになる」というプロデューサー・米田孝氏のコメントがありました。

 このレビューの冒頭で、エログロや陰惨な暴力描写を、最近では珍しいくらい不快に描いていると書きましたが、この原作でもっとも不快なのは、何しろトビオたち4人の身勝手な行動原理です。

 彼らは「そこそこでいい」とは思っていても「そこそこの人生がいい」と積極的に願っていたわけではありません。要するに、何も考えていませんでした。そうした彼らが事件を経てみると、もう自分の保身しか考えられず、平気で誰かを裏切り、結論を先送りにし、欲望の赴くままに女を抱きます。自分たちのせいで何人も人が死んでいるのに、です。

 9時台で、そうした4人の若者たちの不快な身勝手さをどれくらい再現してくるのか、そして、それが確かな意思と技術でもって再現されて「むき出し」になったとき、どれくらい視聴者に受け入れられるのか。

 この国の何人の若者を、途中で脱落させずに物語の結末まで導いていくことができるのか。『僕たちがやりました』が、昨今、日増しに浄化されていくテレビ画面を汚してまで伝えたいと願っているメッセージは、誰に届くのか。米田氏のいう「エンターテインメント」の力が試されることになりそうです。あと、劇伴がいちいちカッコよくていいなと思いました。
(文=どらまっ子AKIちゃん)

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