樹木希林さんの一喝で変わった 女性誌の母子2ショット報道

樹木希林さん死去からまもなく2週間 内田也哉子の幼少期に写真掲載され激怒した事も

記事まとめ

  • 樹木希林さんは事務所に所属せず、マネジャーもつけず、すべてを自分で処理してきた
  • 内田裕也が女性問題などを起こすたび、メディアが訪ねてリビングが即席会見場になった
  • 樹木さんは母子写真が掲載されると激怒し、その後子供の顔にボカシが入れられるように

樹木希林さんの一喝で変わった 女性誌の母子2ショット報道

樹木希林さんの一喝で変わった 女性誌の母子2ショット報道

樹木希林(C)日刊ゲンダイ

コラム【芸能界クロスロード】

 名脇役女優として無類の存在感で演劇界を牽引してきた樹木希林さん(享年75)が亡くなって間もなく2週間。いまだにその足跡を称える声は後を絶たない。「誰もマネできない名演技」といわれる「女優の顔」と、数々の名言で知られる「人間・樹木さんの顔」が人々の心に強く残っている。

 樹木さんは仕事とプライベートを分けず、全てをさらけ出してきた。主演クラスの女優は「私生活を隠すことによって神秘性を増す」のとは対照的だが、脇役としての心得だったのかもしれない。

 家具や衣服など古いものを愛用する「倹約家」としても知られていたが、仕事も事務所に所属せず、マネジャーもなし。自分で全てを処理してきた。必然的に取材も自分で対応。別居中の内田裕也(78)が女性問題などを起こすたびにメディアは樹木さん宅を訪ねた。直接関係ないとはいえ、「何か話をしてくれる」というメディアの期待に応えてくれる人だった。1階にあるリビングルームはいつの間にか即席会見場。雄弁に語る言葉は聞き入るほど説得力があり、「いい話だった」とメディアの間でも勉強になっていた。それは法事の際、僧侶が話す「説法」にも似ていた。実際、樹木さんは宗教家としての顔も持っていた。〈誰かに頼むと、その人の人生に責任を持てないから〉など数々の名言は僧侶の説法にも似ている。晩年の自らの死生観もしかり。

 どんな取材にも自分の言葉できちんと話す樹木さんだったが、珍しく激怒したことがあった。娘の也哉子さんが幼少期だった頃、母子ツーショットで散歩する姿を遠目から隠し撮りした写真を女性誌が掲載した。今では絶対にありえないが、当時は母親になった女優と子供の写真は「どちらに似ているの」という読者願望を満たす女性誌の目玉だった。ちなみに、子供と近所の公園に散歩に出る日を「公園デビュー」と呼び、絶好のシャッターチャンスだった。メディアにとっては普通の母子写真のはずが、樹木さんは激しい口調でこう言い放った。

「娘が誘拐されたらどうするんですか、責任を取ってもらいますよ」

 会見場は静まり返った。それはメディアに向けて発した警告だった。それまでメディアも誘拐まで考えたことはなく、撮れたら当たり前のように掲載していた。子供の顔を許可なく載せることは、世間に有名人の子として認知させることになる。以後、母子の写真は後ろ姿になったり、子供の顔にボカシを入れるなど配慮するようになった。演劇界以外でも樹木さんが与えた影響力は計り知れないほど大きい。
(二田一比古/ジャーナリスト)

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