平尾昌晃さんの血を受け継ぐ 男3兄弟の仕事とスキャンダル

平尾昌晃氏と次男・亜希矢氏は一時絶縁状態か 長男も過去タレントとスキャンダル報道

記事まとめ

  • 平尾昌晃さんの三男・勇気が、記者会見で義母でもあるMさんへの怒りをぶちまけた
  • 勇気は次男・亜希矢氏から「頑張れよ」と励まされたと語ったが、亜希矢氏は暗に否定
  • 勇気は若い頃から高級クラブで飲み歩き、平尾氏と一時絶縁状態にあったとも

平尾昌晃さんの血を受け継ぐ 男3兄弟の仕事とスキャンダル

平尾昌晃さんの血を受け継ぐ 男3兄弟の仕事とスキャンダル

平尾さんの葬儀で喪主を務めた次男の亜希矢氏(左)と三男の勇気(C)日刊ゲンダイ

「ぼくはこれを止めたかった」――。

 故平尾昌晃さんの次男、亜希矢氏(39)がそう言って、無念そうに顔をしかめた。三男の勇気が、平尾さんの3番目の妻で義母でもあるMさんへの怒りをぶちまけた記者会見の同時刻。会見で、勇気は亜希矢氏から「頑張れよ」と励まされたと語ったが、フジテレビ「直撃LIVE グッディ!」に生出演した亜希矢氏はこれも暗に否定し、遺産を巡る泥沼バトルとなったことに「力及ばずです」と涙目になっていた。

「この次男と勇気の母親は、元歌手の小沢深雪さん。平尾さんの21歳年下の2番目の妻です。78年当時、平尾さんには短大在学中に結婚した16歳年下の夫人がいたのですが、深雪さんとの不倫疑惑で離婚裁判の末、深雪さんと再婚した。ところが、この結婚生活も深雪さんがまだ10代と若すぎたこともあり、長くは続かずに破綻。亜希矢さんも勇気も、父親が不在がちな家庭でお手伝いさんに育てられたと言っています。勇気が『父の著作権料の不当な独占』などを主張し、平尾さんの音楽出版権管理会社などの社長就任に待ったをかけた平尾さんの3番目の妻Mさんとは、勇気が中学生の頃から平尾さんが公私を共にしてきた相手なんです」(ワイドショー芸能デスク)

 亜希矢氏も元歌手で、平尾ミュージックスクール名古屋校の講師などを経て、現在は芸能プロやクラブ経営などの事業を手掛けているという。

「勇気が若い頃から高級クラブなどを飲み歩き、平尾さんから『ドラ息子』と呼ばれ、一時絶縁状態にあったというのは業界では知られた話。そこまでいかないまでも、亜希矢氏の周りの環境も音楽関係、芸能や水商売と、勇気と近いかも」(前出のワイドショー芸能デスク)

■表舞台に出てこない長男のスキャンダル

 では、平尾さんと最初の妻との間に生まれた平尾さんの長男はどうしているのか。今回のバトルで唯一、公に登場しておらず、動向も伝えられていない。

 実はこの長男A氏をめぐっては、過去に疑惑を報じた週刊誌記事があった。「週刊ポスト」(1997年9月17日号)である。それによると、当時25歳のA氏は芸能プロを設立、社長を務め、元レースクイーンやアイドルグループのメンバーが所属していた。同誌記事は、この事務所所属の19歳のタレントとA氏を巡るスキャンダル。女性がらみの話題という意味では、数々の浮名を流した平尾さんの血を受け継いでいるともいえるだろう。

「長男の母親は平尾さんと離婚後の81年に、フジサンケイグループの鹿内信隆社長(当時)の長男・春雄氏と子連れ再婚しています。翌年には男児も生まれましたが、その2カ月後に急逝。まだ29歳の若さでした」(女性誌記者)

 昭和歌謡のヒットメーカーで、実力も名声もほしいままにしていながら、人当たりも良く、女性からモテモテだった平尾さん。

「ヒット曲『カナダからの手紙』でデュエットした畑中葉子さんとも噂になったものです」(芸能リポーター)

 芸能に生き、あまたの女性に囲まれた平尾さんと、その血をひいた男3人の平尾兄弟。音楽家としての稀有な才能は誰も受け継がなかったようだ。

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