山口洋子からの突然の電話「三谷謙君の曲を一緒に作らない?」【五木ひろしの光と影<12>】

山口洋子からの突然の電話「三谷謙君の曲を一緒に作らない?」【五木ひろしの光と影<12>】

平尾昌晃(C)日刊ゲンダイ

【芸能界と格闘技界 その深淵】#76

 五木ひろしの光と影(12)

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 10週勝ち抜いての再デビューを目指し「全日本歌謡選手権」(読売テレビ)に出場、1週目を「噂の女」(内山田洋とクール・ファイブ)を熱唱して勝ち上がった三谷謙(後の五木ひろし)は、翌週も「目ン無い千鳥」(ミス・コロムビア、島倉千代子ら)を歌い2週目もクリアした。ちなみにこの番組では本番終了後に舞台裏や楽屋前の廊下で、審査員と出場者の即席の交歓会が行われるのが恒例となっていた。プロ志望の出場者は、ここで著名な審査員から感想を聞いたり、アドバイスをもらったりするのである。

「その場でボロカスに言ったりする人はいなかったと思うな。みんな普通のアドバイスだったよ。淡谷先生でもそうだったんじゃない?(笑い)。出場者はみんな真剣に聞いていた。中には『サインください』とか『一緒に写真を撮ってください』なんて言う人もいたけどね。司会の純ちゃん(長沢純)なんか毎回、女の子の出場者から頼まれてたんじゃないかな。だって、彼はスリーファンキーズだったんだもの。そりゃあ、僕も時々は……(笑い)。つまりね、必ずしも全員が全員プロを目指す人ばかりじゃなかったってこと。本番の緊張感が相当だった分、和やかな場だったと思うな」

 この平尾昌晃の述懐からもわかるように、厳しい寸評は多分にテレビを意識してのことで、本番に限ったものだったのかもしれない。拙著「沢村忠に真空を飛ばせた男」を上梓するにあたって、筆者は山口洋子が後年に書き残した膨大なエッセーに可能な限り目を通した。それらを読む限り、この即席交歓会において三谷謙と言葉を交わすことに特別な感情を抱いていたのは審査員である山口洋子の方だったのではと思うようになった。それだけ彼の歌唱力とキャラクターに衝撃を受けていたのは言うまでもないが、運命的なものを感じた節もある。三谷と他の審査員の会話が終わったのを見計らって、山口洋子は三谷謙に努めて冷静に話しかけた。

「あなたはプロだと聞きましたが、どこの会社ですか」

「はい、ミノルフォンです」

「お名前は?」

「三谷謙といいます」

「そう、頑張ってね」

 文字に起こすと、すげないやりとりでしかないが、その際、三谷謙は一枚のメモ書きを山口洋子に手渡したという。

「このときに五木君(三谷謙)は僕の自宅の電話番号の紙を洋子ちゃんに渡したみたいなんだ」(平尾昌晃)

 とすれば、おそらく彼は「山口先生と平尾先生で僕の曲を作ってほしいんです」とでも言ったのだろう。

 数日後のことである。夜遅くに平尾の自宅の電話が鳴った。「こんな時間に誰だ?」と受話器を取ると、山口洋子からだった。

「遅くにごめんね」

「どうしたの?」

「うん、ちょっとね」

 平尾は不思議に思った。山口洋子に電話番号を教えた覚えがなかったからだ。すると彼女は意外なことを口にした。

「ねえ、三谷謙君って知ってるでしょ。彼の曲を一緒に作らない?」(つづく)

(細田昌志/ノンフィクション作家)

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