直撃取材を“仁王立ち”で拒否…酒井法子が見せた度胸と貫禄

酒井法子が直撃取材を“仁王立ち”で拒否 移動も仕事もひとりでこなす姿を記者が目撃

記事まとめ

  • 酒井法子が、東京メトロ丸ノ内の国会議事堂前駅を出たところで直撃取材の記者を一蹴
  • 平成5年には、写真誌に交際を報じられた脚本家の野島伸司氏との関係を取材したことも
  • 中華圏では「モンスター美魔女」と称され、山口百恵さんに次ぐほどの人気者だという

直撃取材を“仁王立ち”で拒否…酒井法子が見せた度胸と貫禄

直撃取材を“仁王立ち”で拒否…酒井法子が見せた度胸と貫禄

酒井法子(C)日刊ゲンダイ

青山佳裕【平成芸能界 直撃の30年史】

 東京メトロ丸ノ内線に中野新橋駅から乗車した酒井法子が、国会議事堂前駅で下車し、高いヒールの靴を鳴らして歩いていく。階段を上がって地上へと出るところで、ふいに振り返り、仁王立ちして言った。

「あなた、さっきから私について来てますよね」

 移動も仕事もひとりでこなす姿を目撃しており、そうした奮闘を伝えたいのだと取材を申し込んだが、サングラス越しの目はどこまでもきつい。

――これは相当、肝が据わっている。

 以前の印象を新たにした。平成5(1993)年に写真誌に交際を報じられた、脚本家の野島伸司氏との関係を取材したときのことだ。マンション地下駐車場から、ポルシェで上がってきたところを直撃すると、ハンドルを握っていた酒井はさらにアクセルを踏み込み、ブンブンと排気音を響かせて押してきた。助手席のウインドーを下げた野島氏が「あんた、どこ? あんたんところ(の番組)なら(取材しても)使えないよ」と、ワイドショーのリポーターに言っている。その通りの展開となって、この直撃はボツとなった。

 その後、平成10(1998)年に自称プロサーファーの男と酒井は結婚、翌年7月に長男を出産。この夫ともども、覚醒剤を所持・使用したとして、覚醒剤取締法違反で逮捕される。平成21(2009)年。警察の任意同行を拒否しての逃走、失踪劇は大騒動となった。

 東京地裁での刑事裁判では「夫と離婚して覚醒剤を断ち切りたい」「芸能界を引退し、介護の仕事をやりたい」と言い、執行猶予3年の有罪判決が下ると大学の介護福祉コースに入学、夫とも離婚調停を経て離婚し、酒井は更生を目指す。

 平成24(2012)年11月に執行猶予期間が満了すると、記者会見で芸能界復帰を発表。デビュー30周年記念コンサートを行った際は「もう歌を歌えることはないと思った。自分の中では奇跡です」と、涙ぐんだ。しかし、薬物事件の前科のあるタレントの芸能界復帰には賛否両論あり、地上派のドラマや歌番組への出演は実現しない。

 その後は逮捕によって生じた映画やCMの違約金など5億円もの借金を返済すべく、割のいいパチンコ店を回る仕事をしつつ、子育てをしていた。

 素顔の酒井は人付き合いが良く、フランクで男っぽい、シャキッとした性格で、たくさんのママ友たちからボスのように慕われていた。逃走劇の際に長男を預けたのもそんなママ友だったし、そういう仲間たちに囲まれて、PTAをやったり、運動会に出たりしていた。買い物に自転車を走らせたり、地下鉄に乗ったりして、しっかりとお母さんをやっていた。サッカーだかスポーツに打ち込む長男を熱心に応援する姿もあった。とにかく生活を立て直し、必死に生きている印象だった。

 だが、生き馬の目を抜くような芸能界でやってきた貫禄か、過酷な境遇にあった生い立ちからか、直撃すると、鋭い一面をのぞかせた。

 丸ノ内線の駅を出たところで記者を圧倒し、背中を向けて去っていくときの迫力も相当のものであった。

 中華圏では「モンスター美魔女」などと称され、全盛期の山口百恵さんに次ぐほどの人気者で、逮捕後も当地からのラブコールがあるという。いろんな顔を使い分けるところといい、酒井法子の迫力はそのままだ。

 (聞き手=長昭彦/日刊ゲンダイ)

あおやま・よしひろ▽1954年、東京生まれ。美空ひばりの時代から取材歴40年。現在も週刊誌などで活躍するベテラン直撃記者。

関連記事(外部サイト)