還暦で1000カ所達成 城みちるさんが続ける老人ホームの慰問

還暦で1000カ所達成 城みちるさんが続ける老人ホームの慰問

城みちるさん(C)日刊ゲンダイ

【死ぬまでにやりたいこれだけのこと】

 1970年代に「イルカにのった少年」で大ブレークした城みちるさん(61)。13年前から老人施設の慰問を始め、その数はなんと1000回を超えた。年齢的に自身も高齢に近づいているが、体力の続く限り達成したいことがある……。

  ◇  ◇  ◇

■最初は歌手をかたった詐欺と思われ9割断られた

 高齢者施設に行ってボランティアで歌わせてもらうようになったのは48歳から。きっかけはうちのオヤジが、がんになったこと。オヤジは僕がアイドルをやっていたことに反対だった。心配していた面もあったけど、息子が芸能界にいることをずっと快く思っていなかったんです。

 亡くなる前に「僕の歌を聴いて喜んでくれる人たちが少なからずいる」ということをわかってもらいたくて始めた活動でした。それが13年前。

 最初は全国の老人施設が載っている分厚い本を広げて片っ端から「伺っていいでしょうか」と電話しました。9割断られてましたよ。無料で歌手が歌いに来るとは思われず、裏があると誤解されたみたい。CDを売りつけられるんじゃないかとか。断られたのは意外でした。「城みちるです」と名乗っても歌手をかたった詐欺だと思われたのか(笑い)。

 でも、オヤジに「500カ所を慰問するから見届けてくれよ」とタンカを切ったから、頑張って回り始めた。

 転機になったのは2年過ぎたころ。みのもんたさんがMCをしている番組が僕の活動をVTRで取り上げてくれた。それからですよ、前に断られた施設から「来ていただけませんか」とか「本当の話だったんですね!」と電話がかかってきて。信じてなかった人がいかに多かったことか。放送翌日からたくさん依頼されるようになり、回りやすくなりました。

■入居者は冥土の土産になったと感謝

 ボランティアだから私物のミキサー、アンプ、スピーカーなど音響一式をキャンピングカーで運搬し、その車で寝泊まりして回っていました。お風呂は銭湯。1つの都道府県に1週間いられれば10施設くらい回ったり。

 活動が10年経ち、自分が還暦になる年に1000カ所達成。

 実は最初の3年で500カ所回ったんです。その3年は1年の半分くらい回っていました。60歳を過ぎた今は体力的なこともあり、マイペースで月に1〜2カ所ですね。

 どこの場所も印象深いですよ。「冥土の土産になりました」と言ってくれる人も多かった。1000回目は「記念だから1回目に訪ねた施設に行ってみよう」と決めました。施設長さんに「僕が10年前に来た時にいらして今も入居されてる方いますか」と尋ねると、ひとりもいませんでした。「ああ、そういうものなのか……」と思いました。

 例えば有料老人ホームだとそんなに高齢じゃない時期から住居として入られる方もいますが、最初に訪ねたところは特別養護老人ホームでしたから。どの場所でも僕の歌が本当に冥土の土産かもしれない、大切に歌わなきゃとあらためて思いました。

 今は13年目でトータル1100カ所くらい。最近は入居者さんと年が近くなってきた(笑い)。

■イルカで有名な御蔵島が最後かも

 死ぬまで老人ホームへの慰問を続け、まだ行けてない場所を訪ねたいですね。

 北海道から鹿児島まで行きましたが、沖縄は音響機材を運べない関係で行けてない。あと東北の青森、岩手、山形、秋田も。この5県は回りたいんです。

 あともう1カ所。伊豆諸島のイルカで有名な御蔵島。「城さんの『イルカにのった少年』を昔から島のテーマソングのように聴いてました。来てください!」と依頼があった。

 空港がないから船で行くしかないけど、死ぬ前に行きたい。体力的にそこが最後の慰問になるかもしれませんね。

(聞き手=松野大介)

▽本名=城谷・晃太郎 1957年11月、広島県生まれ。73年に「イルカにのった少年」で歌手デビュー、大ヒットし、トップアイドルに。引退するも80年代にバラエティー復帰。2006年から全国の老人福祉施設で慰問公演を始めた。

関連記事(外部サイト)