車内販売のバイトが転機に 鉄道タレント木村裕子さんの極貧時代

車内販売のバイトが転機に 鉄道タレント木村裕子さんの極貧時代

鉄道タレントの木村裕子さん(C)マセキ芸能社

【役者・芸人「貧乏物語」】

 グラビアなど元はビジュアル路線だったが、鉄道アイドルとして話題になり、現在はバラエティーに進出中の木村裕子さん(36)。数々のバイト遍歴でもっとも続いたのも、鉄道に関するあの仕事だそうで……。

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 地元の名古屋で高校卒業後、芸能界に入るため上京する資金づくりにSE(システムエンジニア)をやってました。その仕事の技術のおかげで、ホームページをうまく作ることができたので、自分のHPを作り、当時はやってたネットアイドルになりました! それが18〜19歳。ネット上で人気が出ると、雑誌に写真が載ったので「私っていけるんだ!」とちょっと勘違いした時期(笑い)。

 本格的に活動しようと決めたけど、親が反対していたので家出同然で飛び出した。東京より電車賃が安いから大阪に行きました。ネットアイドルの頃に知り合った大阪の男性が「オレ、事務所やってるから来いよ」と言ってくれたし。でも、会ってみたら事務所はやってないし、仕事もないし、その男性にだまされたみたい!

 大阪でひとり、仕事はなく、お金もない。その頃が一番極貧でした。川沿いの土手のツクシを摘んで食べてました。砂糖で煮たり、トースターで焼いたり工夫して。一番おいしいのは醤油で煮たもの。土手に食べ物がいっぱいあるので、春は最高でした(笑い)。

 バイトは26種はやりました。ティッシュ配りの時、大阪の人は全員がもらってくれたので楽しかったです。「大阪の人はやさしいな」と思ってチラシ配りもやったら、ティッシュが付いてないとだれももらってくれなかった。

 女性は無料の婚活パーティーに行き、飲んで食べて、飢えをしのいだこともありました。「お金がない」と母親に言ったら「帰ってきなさい」と怒られ、いったん名古屋に戻りました。何か仕事しなきゃと求人誌で見つけたのが列車の車内販売。「車内販売ってバイトでもできるんだ!」と初めて知り、次の日には申し込んで、すぐ乗務しました。

■自営業みたいな働き方は自分に合ってた

 鉄道が大好きなので最高の仕事でした! 「タダで鉄道に乗れてお金もらっていいのか」と。私は新幹線ではなく特急列車で、忙しい時間帯じゃなければ列車に販売員が私一人だけなんです。何時に回るとか、通路を何回往復するとか自分で決めていいし、ワゴンに並べる商品のレイアウトも決めていい。弁当を途中の駅で発注する時も車内の様子や客数を見て「20個」とか決める。

 だから列車内に「自分の店」を持ったようなもので、自営業みたいな働き方も自分に合ってた。バイト代はどれだけ売っても変わらず、時給900円くらいでしたけど、早朝手当や深夜手当がつくので月に20万円近くにはなった。

 早朝の列車が多かったので、通勤の常連さんができて、仲良くしてもらってました。出張帰りにお土産買ってきてくれる人もいたし、長野で2時間休憩になった時はご飯に連れてってくれた人もいました。みなさん、お父さん世代ですけど、可愛がってもらってましたよ。

 常連さんに「女の子で鉄道好きって珍しいね」と言われ、「そうか、珍しいのか!」と初めて気づき、もう一度、芸能界を目指して上京する時、事務所を受けるための履歴書に「鉄道オタクです」と書いたんです。それで事務所に入ったら「君はオッパイがないから水着にならなくていい」と言われ、車掌の制服みたいな衣装を手作りしてトレードマークにしました。それがもう15年くらい前かな。東京でもいろいろバイトしました。

 今入った事務所で6つ目。アイドルは卒業して今は鉄旅タレントとして頑張ってますので、よろしくです!

 (聞き手=松野大介)

▽きむら・ゆうこ 1982年8月、名古屋市出身。キャンペーンガール、グラビアアイドルを経て鉄旅タレントに。近年はバラエティーを中心にタレント活動。今年、心理カウンセリングの仕事も始めた。著書「木村裕子の鉄道が100倍楽しくなる100鉄」発売中!

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