爆乳グラドルからプロレスラーに 愛川ゆず季さんは今どうしている?

爆乳グラドルからプロレスラーに 愛川ゆず季さんは今どうしている?

愛川ゆず季さん(右はプロレスラー現役時代)/(C)日刊ゲンダイ

【あの人は今こうしている】

 巨乳グラビアアイドルとして注目を集め、その後、プロレスデビュー。ガチンコファイトで数々のプロレス賞を受賞した。本日登場の愛川ゆず季さん(36)だ。6年前にプロレスから引退し、2年前に結婚。さて、今どうしているのか?

  ◇  ◇

「今月2日、一人息子が満1歳の誕生日を迎え、今は子育てに専念してます。家にばかりいるとエネルギーがたまり過ぎちゃうので、これからは子供の成長に合わせ、少しずつタレント活動をしていこうと思っています」

 東京・渋谷区で会った愛川さん、こう言うとにっこりほほ笑んだ。胸元の開いたカジュアルなワンピースにジャケット。両方とも白系なのが初夏を感じさせる。

「15日、私の故郷、愛媛県新居浜市内のカフェで、トークイベント『ゆずポン mamaイベント』を行ったばかりです。おかげさまで大盛況でした」

 それにしても若い。30代半ばには見えない。

「あら、そうですか? ありがとうございます。プロレスラー時代は筋トレで筋肉モリモリでしたが、引退してから10キロほど痩せたんです。スリーサイズは、芸能デビュー当時と同じくらいだから上から順に100・65・89。カップはHです」

 相変わらずのダイナマイトボディー。子育て感満載のブログを見ると、5月のゴールデンウイーク中は沖縄・宮古島へ家族旅行。水着写真もブログにアップされていた。

「出産直後はお乳が出過ぎて困りました。授乳が滞るとオッパイが張って張って、寝返りも打てないほどだったんですよ」

 お子さんにはアレルギーがあるようだが……?

「はい。卵と小麦にアレルギーを持ってるので、誕生日には米粉のパンケーキを焼いて、ヨーグルトでコーティングしてケーキを作りました。身近にアレルギーの赤ちゃんを持つママ友がいないので、毎日が試行錯誤。何とか頑張ってます」

 ところで、2年前の9月に結婚したパートナーは、どんな方?

「個人でジムを経営してるパーソナルトレーナーで、知人の友達の友達って感じで知り合いました。穏やかな、お地蔵さんみたいな人です。フフフ」

■両親が猛反対で「一時は勘当状態」

 さて、愛川さんは専門学校進学のため上京。20歳だった卒業直後の2004年4月、グラビアモデルとして芸能デビューした。

「両親には内緒だったんです。でも最初の仕事が某メジャー写真週刊誌で、すぐに親バレ。事務所の社長が直接、両親を説得して、渋々認めてもらいました」

 実は地元有力企業のお嬢さま。幼い頃からクラシックバレエを習っていたものの、芸能界とは無縁だったからだ。

 だがデビューするや、100センチ、Hカップの爆乳と抜群のプロポーションで、アッという間にブレーク。日本テレビのイメージガール「日テレジェニック2005」に抜擢されたほか、06年にはトリノ冬季五輪サポーターガールを務めるなど大活躍した。

 そんな中、10年10月にプロレスデビューを果たした。

「上京直後からテコンドーを習っていたのと、当時の担当マネジャーから『女子プロレスには現在、スター選手がいない。やってみませんか?』とアドバイスされて決めました。でも、芸能デビューの時以上に両親は猛反対。一時は勘当状態でした」

 直前までプロレスファンから、「なめるな!」と非難囂々だったが、実力派の高橋奈苗選手を相手にボコボコにされながらも奮戦。以降、グラビアからリングへ活動の場を移し、“ゆずポン”の愛称で活躍。人気レスラーに成長した。

 そして11、12年と2年連続、女子プロレス大賞を受賞。また日刊バトル大賞3冠(MVP・敢闘賞・ベストタッグ)や週刊プロレス女子プロレスMVPを獲得するなど、ビジュアルだけでなく、巧みな試合運びも評価され、トッププロレスラーとなった。

 だが30歳の誕生日を前にした13年4月29日、「体力の限界と、お母さんに『大けがをしないうちに引退を』と諭され」(本人)、引退。タレントとして活躍し、17年に一般男性と結婚した。

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 都内のマンションに、ご主人、一人息子と3人暮らしだ。

(取材・文=高鍬真之)

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