スターたちの運命切り開いた平尾昌晃さんの“生き方指南”

スターたちの運命切り開いた平尾昌晃さんの“生き方指南”

アグネス・チャン(右)も平尾昌晃さんへの感謝を語っていた/(C)日刊ゲンダイ

「平尾昌晃さんがゲスト出演して下さった後、日本デビューという道が突然目の前に敷かれたのです!」

 アグネス・チャン(61)は昨年、日刊ゲンダイのインタビュー連載「ひなげしの伝言」でそう語っていた。香港のテレビ番組「アグネス・チャンショー」で平尾さんに見いだされ、日本に紹介されなければ、1972年のデビューも、「ひなげしの花」の大ヒットもなかったというのだ。「運命って、自分の意思とか、夢とは違うところで決まっていくのかも知れませんね」とアグネスは振り返っていた。

 肺炎のため、21日に亡くなった作曲家、平尾昌晃さん(享年79)が「平尾昌晃ミュージックスクール」で松田聖子らあまたのプロ歌手を育成し、音楽番組「レッツゴー・ヤング」の司会などで新人の発掘と育成に尽力したのは広く知られている。2005年には歌手を目指す若者たちのために自主レーベルを立ち上げて、CDデビューさせたりしていたという。

■NMB市川美織も「救われた」

 アグネスのように運命を切り開かれたと感謝している声は数え切れないほどで、中にはNMB48の市川美織(23)のような若手アイドルも。テレビの企画で平尾さんと共演した市川は「歌に自信ないし緊張しすぎて上手く歌えなくて泣いちゃった私に審査員だった平尾先生が『一番男の子に好かれるタイプ』『言葉の表情もよくなったらいい歌手になるよ』って褒めて下さって救われたこと今でも覚えています 有難うございました!」と自分のツイッターで感謝をつづっていた。

 芸能リポーターの城下尊之氏がこう言う。

「平尾さんは人とのつながりを心から大切にされていたと思います。音楽関係のみならず、全く違う世界の人とも分け隔てなく付き合われ、『平尾昌晃チャリティゴルフコンペ』などで、人と人とをつなげる場をつくり、もっともっと広めようとされていた。私たち芸能マスコミの取材にも門戸を閉ざすことはなく、いつ伺っても、『いいよ、いいよ』と応じてくださる。『何でも協力するよ』と、にこやかで、嫌な顔をされたことがありません。歌の指導では、厳しい面もあったのかも知れませんけれど、そういうときでも、どこか救いがあるようにアドバイスされていた。重鎮になればなるほど、そうされていたようにも思われ、だからこそ世代を超えて、追悼と感謝の声が広がっているのでしょうね」

 自らのキャリアをある程度積んだら、それを後進に伝え、世の中に還元していく。その道のベテランとなった男たち女たちへの生き方の指南として、中高年世代は参考にすべきかも知れない。

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