元いいとも青年隊の岸田健作 演出家の道と“タモリの教え”

元いいとも青年隊の岸田健作、ホームレスを経て現在は演出家に "タモリの教え"を語る

記事まとめ

  • 『笑っていいとも!』10代目いいとも青年隊で活躍し、03年に芸能界を引退した岸田健作
  • 岸田は一時はホームレス生活をし、11年に復帰し役者やタレント、バンドマンとして活躍
  • 現在岸田は演出家・脚本家で舞台やドラマに携わっているといい、"タモリの教え"を語る

元いいとも青年隊の岸田健作 演出家の道と“タモリの教え”

元いいとも青年隊の岸田健作 演出家の道と“タモリの教え”

ホームレスを経て新たなキャリアに挑戦中の岸田さん(C)日刊ゲンダイ

「笑っていいとも!」の10代目いいとも青年隊として1997年から3年間活動し、ベビーフェースとおバカキャラを売りに数々のバラエティー番組に出演した岸田健作さん(38)。03年に芸能界から退き、一時は代々木公園でホームレス生活を送っていたことも話題になった。それでも11年に本格復帰を果たし、役者やタレント、バンドマンとしてマルチに活躍していたが、今、どうしているのか。

■ホームレス生活、相次ぐケガに激ヤセも…

 岸田さんに会ったのは西麻布にある所属事務所。真っ赤なハットをかぶり、時折見せる愛らしい笑顔は今も健在。いいとも時代と比べて顔が白く見えるのは、ボーカルを務めるビジュアル系バンドのメークが理由のようだ。

 その岸田さん、意外なキャリアをスタートさせていた。演出家・脚本家として舞台やドラマに携わっているというのだ。

 現在は舞台「Short Show Shot!?」の演出・脚本を手がけるほか、スカパー!のベターライフチャンネル(ch529)の連続ドラマ「キミと私の恋レター」に演出家として参加している。

「ライブのセットリストを作ったり、MCを考えたりするのは演出家の仕事に近くて、舞台やドラマの仕事にも生きています。これからも脚本を定期的に書いて、いつか自分で公演をプロデュースできたらいいですね」

 おバカキャラも今は昔といった感があるが、ここに至るまでにはケガや激ヤセにも見舞われた。

 13年2月には、ライブでの激しいヘッドバンギングと毎日10時間超のパソコン作業がたたり、重度の頚部捻挫に。同年9月には、池袋のライブハウスで公演後に倒れるハプニング。

「原因は睡眠不足と栄養失調でした。楽曲やグッズ製作に没頭するあまり、『寝たり食べたりするくらいなら、何かを作っていたい』と思っていたんです。で、ボクは麩菓子が大好きでタンスの中にすごく貯蔵していて。ファンにも『麩菓子が好きだ』って話をしたら、差し入れで持ってきてくれたこともあって、作業中に手の届くところには麩菓子しかない。気がついたら毎日食べてました。当時は体重が50キロ台前半から40キロ台に落ちるし、朝起きると目まいがするし、ヤバかったです」

 舞台セットの灯籠が頭に落ちてきたこともあった。「幸い無事でしたけど、首から上に恵まれてないんですよね」と苦笑いする岸田さん。

 現在は体調管理の大切さに目覚め、はり治療や整体、ジョギングが日課になっているという。

■ガングロ高校生のボクに頭を下げて…

 さて、東京出身の岸田さんは高校卒業後、「笑っていいとも!」のいいとも青年隊として小笠原秀春と「With T」を結成。同番組の月曜レギュラーに抜擢され、「ロンドンハーツ」など多くのバラエティー番組に出演した。

 しかし、「笑われているだけで芸がない」と悩んだ末、03年に事務所を退所。同時期に足立区の実家のケーキ屋が倒産する憂き目に遭い、2カ月間ホームレスになった。

 その後11年、芸能界に本格復帰を果たす。タレントやミュージシャンとして精力的に活動するかたわら、12年にはホームレスの体験をつづった著書「昨日、ホームレスになった。」を出版した。

 芸能界デビューから20年余り、仕事で大切にしているのが人付き合いだ。

「必要のない人間っていないと思うんです。立場が上とか下とかではなくて、みんながいるから自分の仕事も成り立つ。かかわる現場のすべての人に敬意を払うべきだと考えてます」

 この生き方を教えてくれたのがタモリだった。

「いいとも青年隊に選ばれた当時はまだ高校生で、学校帰りに学ランを着てタモリさんの楽屋へ挨拶しに行ったんです。『今度、いいとも青年隊として……』って挨拶したら、タモリさんはソファからわざわざ立ち上がって、ボクより深く頭を下げて『よろしくお願いします』って言ってくれたんです。ガングロでドレッドヘアのボクにですよ。すごく印象的に覚えてます。上の立場になっても周りへの敬意を忘れないのは、今でもタモリさんの教えが身に染みている部分がありますね」

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