電波少年「朋友」コンビから21年 伊藤高史さんは“マルチの才”で超多忙の日々

電波少年「朋友」コンビから21年 伊藤高史さんは“マルチの才”で超多忙の日々

伊藤高史さん(C)日刊ゲンダイ

【あの人は今こうしている】

 “ヒッチハイク”企画で一世を風靡したバラエティー番組「電波少年」シリーズ。猿岩石のユーラシア大陸、ドロンズの南北アメリカに続く、アフリカ・ヨーロッパ縦断を成し遂げたのが伊藤高史とチューヤンの「朋友」コンビだった。感動のゴールから21年。伊藤高史さん(42)はどうしているのか?

  ◇  ◇  ◇

「まず発声練習から始めましょう。舞台や撮影、稽古も含めて、現場に入る前に喉を温め、チューニングするのが役者の基本です」

 都内目黒区の某スタジオ。伊藤さんは男女12人の俳優・女優の卵たちを前に、ワークショップの真っ最中だった。名刺には「ウルトラマンション 主宰」の肩書。「ウルトラ〜」は劇作家で俳優の安藤亮司と立ち上げた劇団で、劇団員は12人いるという。

「本業は俳優と脚本家、演出家で、自分の劇団の他、外部劇団のサポートをしてるわけです。11月だと、時代劇『お江戸のおもちゃ』(アトリエファンファーレ東池袋)の脚本、舞台『MIANEYO』(シアターブラッツ)は脚本と演出も手掛けています」

 これだけではない。

「実は人気ボーカル・ダンスユニット『GENERATIONS from EXILE TRIBE(ジェネレーションズ・フロム・エグザイル・トライブ)』が行っている5大ドームツアー『少年クロニクル』の映像ナレーション脚本を担当してるんです。オープニングや曲と曲の間にモニターやスクリーンに流れるイメージ映像があるじゃないですか。あれの脚本ですね」

 所属するLDHのHPを見ると、ツアーは12月15日の福岡ヤフオク!ドームまで残り11公演を予定している。

「きっかけはパフォーマンスユニット『AAA』のボーカルNissy(西島隆弘)が今年春に行ったドームツアーの曲だし映像・企画構成案に携わったこと。この時のつながりでオファーが来たんです。舞台で培ったアイデアも生かせるので、楽しくやらせてもらっています」

 伊藤さんは1976年11月21日、大魔神・佐々木主浩、鉄人・金本知憲、矢野燿大・阪神監督ら数多くの名プレーヤーを育てた東北福祉大・元野球部監督の故・伊藤義博氏の3人兄弟の末っ子として生まれた。

 そして、96年に俳優を目指して仙台市から上京。芸能事務所に所属している時に受けたのが、日本テレビ系「電波少年」のオーディションだった。

「書類審査から企画スタートのために成田空港に連れていかれるまで約1年。よもや、あの人気コーナーに選ばれるとは思ってもいませんでした。パートナーが香港在住の中国人・チューヤンだとスタート地点で知った時は正直、不安しかなかったですね。彼は広東語と英語、僕は日本語しか話せなかったから」

帰国後は月収は数百万円を超えたことも

 かくして「朋友(広東語で親友の意)」コンビによるアフリカ・ヨーロッパ縦断ヒッチハイクは、98年1月29日にスタート(放送は2月15日)。目指すはノルウェー・スレットネス灯台、2万2000キロ超の旅だった。

「結局、18カ国を通過して11月14日、ようやく到着。何度も危険な目に遭ったのですが、死にかけたのがスーダンのバイユダ砂漠。気温が50度を超えて熱中症で気を失ったんです。チューヤンの機転で助かったものの、本当にヤバかった(笑い)」

 ゴールの瞬間、日本では特番が組まれ、35%を超える高視聴率。帰国後の11月22日に千葉・舞浜のNKホールで行われた公開「朋友帰朝報告会」には、12万5000通もの応募があり一躍、人気タレント、俳優に。月収は数百万円を超えたこともあった。

「電波少年効果は絶大でした。ただ、2002年にニューヨークへ仕事で行った時、パスポートの出入国ビザのスタンプがあまりにも多く、しかも半分がアフリカの紛争地域。それで危険人物と勘違いされ、空港で拘束されてしまったのには参りました(笑い)」

 その後、チューヤンは香港にUターンし、クリエーターとして活躍。。今も朋友関係は継続中だ。

 プライベートでは、10年11月19日にヘアメークアーティストと入籍。7歳の長男、5歳の長女、3歳の次女に恵まれた。

「実は11月に4人目が生まれる予定なんです。結婚記念日、僕の誕生日、赤ちゃん、そして仕事。今年の11月は特別忙しくなりそうです」

(取材・文=高鍬真之)

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