たけしさんが棺に腰かけ…お父ちゃん、死んでよかったねェ【ダンカンの笑撃回顧録】

たけしさんが棺に腰かけ…お父ちゃん、死んでよかったねェ【ダンカンの笑撃回顧録】

ダンカン(C)日刊ゲンダイ

【ダンカンの笑撃回顧録】#14

 カタカタ……カタン!! プ〜ン、この線香のにおいは? あ、やっぱりそうか……1990年6月2日に父親(飯塚芳三=享年57)が逝った……。ここは翌日に葬儀場での告別式を控え、埼玉・毛呂山町にある実家で通夜が営まれている最中である。

「お父ちゃん、ありがたいねェ、こんな片田舎にたけしさんをはじめ、軍団のみんながわざわざ線香をあげに来てくれたんだから」と棺の中で眠る父に、俺が心の中で話しているその時、たけしさんがいきなり棺を椅子がわりに腰かけると、「オイ、ダンカン、おまえんちはどーなってんだ? 俺がわざわざ来たのに、一家の長は挨拶ひとつにも、顔出ししねえのか!?」、そして間髪を入れず、「下! 下! 尻の下!」「カンオケでしょ、それー!!」と一斉につっ込む軍団のみんな……。

 この酷いなんて超越した気遣い、そして優しさ……俺、それだけでもう涙がドッとあふれそうになっていたのだ。きっと、自分の棺に腰かけられたお父ちゃんも「やったー! 世間広しといえどもビートたけしに自分が入ってる棺に座られたのは自分だけだよ!!」と自慢げな顔をしているんだろうな……と思ったのだった。さらに、父親を送る儀式はヒートアップし、最終的には棺から引っ張り上げ、かんかんのう(落語の「らくだ」でフグにあたって死んだ男をかついで踊らせる踊り)を踊らせようとしたんだから、一般世間では、ちょいと信じがたい話かもしれないのだ。ちなみに、母親も大感激して「お父さん、ホント死んでよかったねェ」と涙していた。我が家はどうなってんだァ!?

 と思ったら、隣の洋間からギターの音と爆笑の声が……実は林家ぺー、パー子さんも来てくれて通夜を手伝う近所のオバちゃんたちに、こともあろうにギターの漫談を披露し、パー子さんは相変わらずの「いやだ〜」を連発!! 冷静に考えたらこっちが「いやだ〜!」だよ。

 しかも、その後、かなり遠方よりドドドド……とまるで爆撃機でも飛来したかのような爆音が聞こえてきたと思ったら、フライトジャケットマニアなら、知らない人はいない旧リアルマッコイズの創始者の一人で、日本を代表するスティーブ・マックイーンマニアであり、画家の岡本博氏が、たけしさんの番組を担当する制作会社イーストのプロデューサー、吉田宏氏とともに、サーキットで走るようにもともと造られたんでしょう(多分?)のスーパー7で、普通にフライトジャケットで登場したのだった。

 そんなひっちゃかめっちゃかが続き、通夜の夜は終始たえない笑いの中、ふけていったのだった……。

 あれから30年近くの歳月が流れたが、いまだに実家に帰り、知り合いと話すとあの夜のことが話題にあがり、そこから父親の生前の話へと続いていくのである。そのたび、30年経ってもまだみんな父親のことを忘れないでいてくれる、これもすべてあの夜のたけしさんはじめ仲間の気遣いがあったからであろうと感動し、心の中でそっと呟くのだ。「お父ちゃん、忘れられていないことはまだ生きてるのと同じだよ! よかったね!!」と……。

 すると「当たり前だろ。なんてったってビートたけしに棺に座られた男だぞ!!」という声がいつも聞こえてくるのである。

(ダンカン/お笑いタレント・俳優・放送作家・脚本家)

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