15歳の朝倉あきさんに芸能界入りを勧めてくれた祖母との思い出

15歳の朝倉あきさんに芸能界入りを勧めてくれた祖母との思い出

写真集「朝顔」撮影時、祖母と(写真提供=ワニブックス)

【私の秘蔵写真】

朝倉あきさん(女優・28歳)

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 15歳の時に受けた東宝シンデレラオーディションをきっかけに芸能界入り。最近では「下町ロケット」「グランメゾン東京」「七つの会議」などテレビ、映画で活躍中の女優の朝倉あきさん(28)。芸能界入りを勧めてくれた祖母との思い出深い写真がこれだ。

 祖母と2人で後ろ向きで台所に立っている写真は18歳の時に出した写真集「朝顔」の未公開カット。祖母の得意な筑前煮を手伝っているところです。

 NHKの連続ドラマ「とめはねっ!鈴里高校書道部」(2010年)で初主演するタイミングで写真集を作ることになり、ロケ地は両親の故郷で、私が生まれた福岡県朝倉市にしました。生まれてすぐに神奈川に引っ越したけど、自分の芸名にしたように、とても愛着のある町です。幼い頃からお盆とお正月は両親に連れられて、目いっぱい帰省していましたね。

 祖母の家は戦国時代に築かれた秋月城跡から少し離れた田園の中にあって、小学生の頃は川遊びや探検ごっこ、たこ揚げ、それに、王女様になる「なりきりごっこ遊び」を地元の親戚の子どもたちとよくやりました。野猿みたいな活発な子だったので、小学生の頃は同級生の男の子をよく泣かせて先生に叱られたものです(笑い)。

「おばあちゃんをぺ・ヨンジュンに会わせて」

 それが、中学になったら、一転して誰とも遊ばず、図書室にこもってひたすら本を読むようなおとなしい子になりまして……。思春期の悩みもあったんですね。

 そんな私を心配して芸能界入りを勧めてくれたのが祖母でした。物静かで品の良い祖母でしたが、テレビドラマが好きで、「あきちゃん、女優さんになって、おばあちゃんをぺ・ヨンジュンに会わせて」って(笑い)。

 それがきっかけで東宝シンデレラオーディションに応募し、東宝芸能の俳優としてスタートを切ることができたんです。祖母はとっても喜んでくれて、「あの場面のあきちゃんの目の表情がすごくよかった」とほめてくれたり、落ち込んでいるときは励ましてくれました。

 ところが、5年前、77歳で病気で亡くなってしまい……。ショックで何も考えられず、毎日泣いてばかりいました。結局、1年近く芸能活動を休止することになったんです。今思えば、自分の人生をゆっくり見つめ直す機会になったわけで、祖母がその時間をくれたのかもしれません。

“筑後弁”を注意され撮影がストップ

 入院する前、「必ず元気になって戻ってくるからね」と言ったのが最後の会話でした。その時、和紙に包んだお小遣いを手渡してくれました。後で開いたら、「あきちゃん、元気でね。これで好きな本を買いなさい」と達筆な字で書かれていて、今もお守り代わりに大事にしています。

 事あるごとに田舎に帰っていたせいか、体に筑後弁がしみついているようで、ドラマの現場でよくイントネーションを注意され、そのたびに撮影がストップ。これにはさんざん悩みました。アクセント辞典を肌身離さず持ち歩き、猛勉強をしたので最近はなんとか大丈夫のようですが(笑い)。

 今はきちんとした筑後弁が話せるように勉強しているんです。方言はぬくもりがありますよね。歴史が大好きなので、土地に刻まれた言葉の歴史を大事にしたいんです。それが私を育んでくれた祖母や故郷、家族への恩返しだと思っています。

 (聞き手=山田勝仁)

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