貞淑美女タレントの性白書 斉藤由貴 「真田丸」ノーパン演技に五十路ヘアヌード急浮上(2)

貞淑美女タレントの性白書 斉藤由貴 「真田丸」ノーパン演技に五十路ヘアヌード急浮上(2)

(提供:週刊実話)

 斉藤由貴は1966年9月10日、神奈川県横浜市生まれ。
 「もうすぐ区切りのいい50歳。横浜で生まれ育った、いわゆる“ハマッ子”です。両親、姉、兄、弟の5人家族で育ちました」(芸能ライター・常山洋氏)

 1984年、神奈川県立清水ヶ丘(現・横浜清陵総合)高校時代に、『少年マガジン』(講談社)の『第3回ミスマガジン』においてグランプリを受賞。
 同年10月、明星食品のCMでテレビ初登場。1985年2月、『卒業』で歌手デビューを果たした。
 「作詩・松本隆、作曲・筒美京平と聞いただけで舞い上がってしまったそうです。ただ、音域が広かったので上手に歌う自信はなかったそうです。でも大ヒットしたのですから、当時から何かを持っていたのかもしれません」(音楽関係者)

 ちなみに、初めて買ったレコードは『くるみ割り人形』だったとか。
 「小学2年生のとき、お年玉で買ったそうです。伝説の名指揮者・カラヤンの肖像画がカッコよかったそうです。また、両親が映画好きで、初めて映画館で見たのが『サウンド・オブ・ミュージック』。クリスチャン(モルモン教)なので、毎週教会に行って賛美歌を歌っていたそうです」(前出・常山氏)

 そして同年4月、『スケバン刑事』(フジテレビ系)で連続ドラマ初主演。1986年4月からはNHK朝の連続テレビ小説『はね駒』のヒロイン役で国民的人気を集め、その年の『紅白歌合戦』の司会も務めた。
 「『卒業』というタイトルからも分かる通り、デビュー当時は国民的清純派アイドルでした。セーラー服が抜群に似合う楚々とした姿が、男たちの股間を“萌え”させたのです」(テレビ局関係者)

 しかし、1991年に今は亡き尾崎豊と不倫騒動を起こすと、1993年には川崎麻世との不倫も発覚。一気にスキャンダル女優になってしまった。
 「今もって川崎とカイヤ夫人が冷たい関係にあるのは、すべて斉藤のせい。2人が車の中で激しく“愛を交わしている”ところをキャッチされてしまったのです。川崎が釈明会見を開いた際、仁王立ちして川崎をにらみつけていたカイヤの姿が今でも目に浮かびます」(芸能レポーター)

 不思議系のしゃべり方や常識はずれな行動も多く、“プッツン女優”ともいわれた斉藤。
 「婚外交渉はもちろん、酒、たばこ、コーヒーまで禁じる厳格なモルモン教の信者とは思えぬ振る舞いに、世間は驚きました」(ワイドショー芸能デスク)

 イメージが好転したのは1994年12月、1歳年上の模範的信徒の男性と結婚してからだ。かつてのスキャンダル女優がよき妻に大変身を遂げ、1999年に第1子を出産してからは、「趣味は子育て」と言うほど、育児に没頭した。
 「出産だけでなく、結婚生活のあらゆる出来事をまとめた本を次々に出版しました。子育てに一喜一憂する姿を包み隠さずつづり、得意の英語を生かして絵本の翻訳や朗読CDもリリースしました」(前出・常山氏)
 “すべては子供のため”としゃかりきに働いたことで、スキャンダル女優のイメージは払拭されたようだ。

 ところで、その美貌の秘訣だが…。
 「1日の摂取カロリーを300キロカロリーに抑え、3カ月で11キロ痩せたこともありますが、現在は、深夜のウオーキングが日課のようです。自宅付近をせっせと歩いているようです。また、他人に見られることが“ヒップアップ”につながるということで、『真田丸』では、竹内や長澤らと“ノーパン同盟”を結成したようです」(NHK関係者)

 今の斉藤だったら、ヘアヌードもイケる!!

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