貞淑美女タレントの性白書 大竹しのぶ 鋼鉄・明石家さんまがイチコロとなった魔性の名器(1)

貞淑美女タレントの性白書 大竹しのぶ 鋼鉄・明石家さんまがイチコロとなった魔性の名器(1)

(提供:週刊実話)

 「大きな声では言えませんが、結局、元夫婦だったあの2人は、お互いに“鋼鉄のモノ”を持っていたということですね」(ベテラン芸能記者)

 何が鋼鉄なのかは追々説明するとして、『お笑いBIG3』の1人、明石家さんま(61)の前妻である大竹しのぶ(59)の“告白”が、大きな話題を呼んでいる。
 「『婦人公論』5月23日号のタレント・清水ミチコ、脚本家・三谷幸喜氏との座談会で“関係のあった男は30人以上”とアッケラカンと告白したのです」(芸能ライター・小松立志氏)

 大竹は1957年7月17日、東京生まれの59歳。
 「来月60歳。還暦ですが、その肉欲は増々旺盛。枯れることを知りません」(芸能関係者)

 5人兄妹の4番目。
 「大竹家は父親が病弱で貧しく、住まいも品川、埼玉県入間郡越生町、毛呂山町と転々としました。テレビも冷蔵庫もない農家の離れで暮らしたこともあったようです」(ワイドショー関係者)

 “女優”に目覚めたのは小学生の頃だった。
 「小1の時の学芸会『桃太郎』でキジ役を熱演し、演技の面白さに取りつかれたのです。将来は舞台女優になると作文に書き、それまでの内向的な性格が“目立ちたがり屋”に一変したそうです。なお、大竹が中2になると父親の病気も治り、一家は東京・江戸川区内に戻りました」(テレビ局関係者)

 都立小岩高校2年の時、フジテレビ系のドラマ『ボクは女学生』のオーディションに合格して芸能界入り。
 そして'75年、同校3年生の時に『青春の門〜筑豊篇』で映画デビュー。同年、NHK朝の連続テレビ小説『水色の時』のヒロイン役で、“天才女優”の称号を得た。
 「演技に“力み”がなく自然体でした。しかも、自分が美人女優ではないことを自覚していたので、決して“天狗”になることもなかった。むしろ甘え上手で、男性スタッフのハートを鷲掴みするのが得意でした」(元NHKドラマプロデューサー)

 それからは女優ひと筋。
 桐朋学園短大演劇科を中退して仕事に没頭する一方、共演者と次々に浮名を流し、“魔性の女”と呼ばれた。
 「'06年、大竹は自らの半生をつづったエッセーを出版していますが、この中に登場している“お相手”は、中村勘三郎さん(=故人 当時、勘九郎)や最初の結婚相手のTBSディレクター(当時)・服部晴治氏、他に明石家さんま、演出家の野田秀樹氏らです。ちなみに、勘三郎さんは結婚前の恋人でした」(前出・ベテラン芸能記者)

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