本好きのリビドー(246)

本好きのリビドー(246)

(提供:週刊実話)

◎快楽の1冊
『越境芸人』マキタスポーツ 東京ニュース通信社 1300円(本体価格)

★業界、ジャンルを横断して見えてきたもの

 もう30年近く昔になるが、国立演芸場で開かれた「ひとり会」の舞台で噺の途中、急に頭を抱えて高座につっ伏したまま沈黙した立川談志を客席で目撃したのが忘れられない。自分の落語の出来に納得がいかぬ様子は切々と劇的ではあったものの、しかし、一方で正直お金を払って“芸術家の苦悩する姿”を見せつけられても…とやや困惑気味に白けた印象も、一観客としては残ったのが偽りなき事実ではある。

 確かになべて超一流のクリエーターにとって常に眼高手低の意識に苛まれるのは避け難い宿命とはいえ、それを人前でさらけ出すのはどうなのか? という突っ込み自体がもし「芸」になれば、その瞬間がただの批判でなく理想的な批評だろう。たとえばほかでもない「立川談志と矢沢永吉の架空対談」を完璧に物真似で演じ倒してみせるのが数ある持ちネタのひとつである著者は、その意味で、極めて批評性の強い芸人だ。

 ネットの普及に加えて、数多の人気YouTuberの出現により顧客との直接取引が簡便かつ当然になりつつある現状、地上波テレビ等のメディアで認知されなければいわゆる“売れた”意味がない時代は終焉を迎えるのも間もない。そんな過渡期だからこそ、評価の高い俳優業に加え、音楽活動の傍ら文筆家の顔も持つ著者の最たる武器はハズキルーペ以上に見えすぎるその眼ではないか。

 そこらに群がるカスの如き“お笑い評論家”など束になっても及ばぬ対象分析の鋭さは、ほとんどナンシー関、否むしろ演者=作家であるのと同時に無類の批評家気質な点(それもまた越境)で近田春夫か三島由紀夫すら思わせる。情の濃やかな皮肉と建設的な提案に溢れた大人のコラム集に拍手を。
(黒椿椿十郎/文芸評論家)

【昇天の1冊】
『飛んで埼玉』は、大ヒット中の映画の原作である。

 写真の単行本は2015年に「このマンガがすごい!」と題された復刻版で、宝島社から発売された(700円+税)。話題のセリフ「埼玉県民にはそこらへんの草でも食わせておけ!」が、迫力ある絵とともに表紙に掲載されている。

 すでにご存じの方も多いだろうが、この漫画は徹頭徹尾、埼玉県民をディスっている。架空の日本を舞台に、通行手形なしでは東京に入ることさえできない埼玉県民。春日部に存在する特殊な蚊によってまん延する恐ろしい伝染病“サイタマラリア”が発病しても、満足な治療さえ受けられない埼玉県民。

 さらに、差別された県民を解放するため活躍する容姿端麗で都会的な埼玉県民と、彼を慕う東京の超名門高校の自治会長との恋愛(ちなみに男同士のいわゆる“ボーイズラブ”)―が描かれるという、変なストーリーがてんこ盛り。

 ちなみにこの自治会長の決めゼリフが「草でも食わせておけ」であり、映画では女優の二階堂ふみが“彼”を演じている。

 何とも摩訶不思議な魅力にあふれた漫画なのだが、そもそも埼玉県は「ダサイタマ」と揶揄され続けてきたはずだ。それが今や全国がこの作品(および映画)の話題でもちきり。何より嘲笑されていたはずの埼玉県人自身が、“ディスり”を誇りに思っているという。一昔前ではあり得ないこと。時代は変わったというべきか…。

 ともあれ、荒唐無稽な世界観はストレス発散には最適の1冊。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

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