江戸の町の『裏文化』――1バツ2バツは当たり前! 女上位の“乱れた社会”

江戸時代は多くの女性が“不幸に生活していた”と思いがちだが、実は全く逆で、例えば結婚は一般男性の場合、一度離婚してしまえば二度と再婚できなったのに比べ、女性は再婚や再々婚などが当たり前で、何と40歳を過ぎて5バツや7バツで20代の若い男と再婚した女性もいたという。

 江戸時代はまだ十分に経済が発達しておらず、農民は家を継げる長男以外は、上京して商家などで住み込みで働くしか“生きていく方法”がなかった。しかし若い女性は地元ですぐに結婚できたので、男と女では境遇に天と地ほども違いがあったそうだ。

 この原因は江戸時代に広く行われた「丁稚奉公」にある。丁稚奉公とは商家や職人の家で、住み込みで働きながら技術を身に付ける職能訓練制度の一種だが、実際に住み込みで働くのは10代〜20代前半の“若い男子のみ”だったのだ。

 江戸時代中期ごろの江戸町人の総人口50万人のうち、何と30万人以上が男で、この他に国許に妻子を残し「参勤交代」で江戸に来た勤番侍(単身の武士)や使用人(中間、小者)が、常時10万人以上もいたというから、江戸中が“若い男で満ちあふれていた”のは間違いないだろう。

 こういう環境で若い女性は誰であれ奪われる様に結婚し、また離婚しても、すぐに恵まれた条件で再婚できた。つまり江戸の町は女性にとっては“より取り見取りのパラダイス”だが、男性にとっては“非常に競争が激しく厳しい場所”だったのだ。

 だからこそ欲求不満を抱えた男どものために、江戸最大の風俗街『吉原』が大繁盛し、現在のアダルト本にあたる『春画』が大流行したり、食事の支度を嫌がる男のために、天ぷら、蕎麦、寿司などの外食産業が、空前の規模で花開き、寂しい独身男の胃袋を満たしていた。

 何とも哀れな話だが、よく考えると今の日本も似たような社会であり、互いが孤立している分、江戸時代より“もっと深刻な問題”が潜んでいるような気がする。

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