本好きのリビドー

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(提供:週刊実話)

◎悦楽の1冊
『オイディプスの刃』 赤江瀑 河出文庫 980円(本体価格) 幻影・妖美の傑作刀剣ミステリー

 西洋の刀剣というと、アーサー王と円卓の騎士伝説で有名な王者の剣“エクスカリバー”を連想するが、正直、作者である刀鍛冶の名までが傑作の証&一種の美術品と珍重されるのは世界でも日本刀くらいだろう。

 謎の死を遂げた幕末の名工・山浦清麿の作を並べた展覧会を昔見た折は、しばらく見入っていると重い疲れを覚えて座りたくなるほど異様な圧を感じたもの。かつて徳川家で忌み嫌われたという“妖刀”村正の逸話などまことロマンに尽きぬ世界だが、本書はその「刀」と「香水」とを重要な素材に磨き抜かれた文体と華麗な道具立てで展開する長篇ミステリーで永らく絶版のところファンにはうれしい復活だ。

 こう紹介しておいて本音を言えば、赤江作品は短篇に珠玉が多い。発想と設定の奇抜さ、強烈な酩酊感を誘う独特な雰囲気。芳醇な味わいと馥郁たる匂いに満ちた代表作は題名の素晴らしさだけでも枚挙に暇なく、幻のダンサーをモチーフにした『ニジンスキーの手』、刺青がテーマの『雪華葬刺し』(これは高林陽一監督による映画化が酷く原作が台なしだった)、能楽に取材した『阿修羅花伝』『鬼恋童』、400年前の合戦で武将たちがおびただしく流した血が染み込んだ城の床板を使った“血天井”から、ごく最近の新しい血痕が見つかる実にそそりまくる導入が見事な『獣林寺妖変』、死者の体を餅で清拭したあと腹に納めることで穢れを引き受ける風習を描いた『罪喰い』…と果てしない。

 実は本作も’86年に成島東一郎監督の手で映像化されたが、率直に評していただけない出来で、やはり個人的には推理界の泉鏡花とでも呼びたい著者が絢爛と文章で築き上げた空中楼閣を、本書を皮切りに堪能されたし。無双の刀、ならぬ筆剣乱舞ぶりに心地よく酔えるはず。_(居島一平/芸人)

【昇天の1冊】
 今年は映画『男はつらいよ』シリーズが誕生してから50年。“寅さん”が再ブームなのをご存じだろうか。

 そのため、関連本の出版も多い。その内の1冊『寅さんの「日本」を歩く 寅さんの聖地探訪大事典』(天夢人/税込1980円)を紹介したい。

 鉄道と旅を中心とした出版社が発売した書籍だけに、映画のロケ地として寅さんが巡った温泉、寺、絶景、港町などの名所が300カ所近く掲載されている。撮影時と現在とでは様変わりしてしまった場所もあるが、どこも寅さんに縁のある地。昭和の懐かしさと郷愁がよみがえってくる。

 温泉は、三重県の湯の山温泉と信州の別所温泉。前者は第3作(昭和45年公開)、後者は第18作(同51年)のロケ地。どちらも山間にある秘湯であり、撮影が行われた頃の名残が多く残る。

 一方、城下町である彦根、知床半島の港町、鳥取砂丘や名刹・古刹などは観光化が進み、昭和の時代とは大きく変わった。今では外国人観光客の姿も目立つ。

 つまり昭和・平成を経て変化した名所と、変わることを拒み続けているかのような小さな集落が、寅さんを通して対比できるのである。そして、その両極端の姿こそが、現在のニッポンの有り様を映し出しているのでは、と思えてくる。

 寅さんは20年以上前にあの世に旅立ち、それと共に時代も変わった。だが、変わらないものもある。週刊実話読者世代のオヤジは、変わらないものに触れ、どこか安堵するのではなかろうか。
(小林明/編集プロダクション『ディラナダチ』代表)

【話題の1冊】著者インタビュー 高橋ユキ
つけびの村 噂が5人を殺したのか? 晶文社 1,600円(本体価格)

★私たちにとって噂とは何なのかを掘り下げた

――本書は“平成の八つ墓村”と言われた、山口連続放火殺人事件を追いかけています。取材を始めたきっかけは何だったのですか?
高橋 「戦中の夜這いが因縁で事件が起こった」と犯人が語っているという報道があり、ある月刊誌からその存否を確認してくるように依頼を受けたことがきっかけです。報道では、徴兵を免れたある家の長男が、犯人の家に夜這いに入ったが、これを家族が追い払ったことから、恨みに思われていたのだ…とあったのですが、実際に村で話を聞いてみると、そのような事実を確認することはできませんでした。

――ネット上では、犯人が“村八分”にされたことを恨み、5人を殺害したと噂されましたね。
高橋 あからさまないじめや村八分行為は確認できませんでした。「草刈機を燃やされた」などの報道がありましたが、村人からは「彼は草刈機自体を持っていなかった」という話もありました。
 事件前は朝と夕方にカラオケを村中に響かせて熱唱し、行き合う村人には「お前ら殺しちゃろうか」と食ってかかるなどしていたようです。

――事件では『つけびして 煙り喜ぶ 田舎者』の一文にも注目が集まりましたね。この貼り紙の真意はなんだったのでしょうか?
高橋 事件発生当初は、犯人による不気味な“犯行声明”であるかのような報道もありました。しかし、取材を進めると、事件よりもずっと前に、ある村人の家の風呂が燃えたという出来事があり、その直後に貼られたという話を聞きました。その放火の犯人は、現在も捕まっていません。

――裁判では犯人の訴えを“妄想”と一蹴しました。一部の報道からは否定的な声も聞こえてきますが…。
高橋 いや、裁判所は彼が妄想に支配されていたという認定をしていますし、一審、二審でも“妄想性障害”という疾患を持っていたことを認定しています。彼の妄想は、事件直前には「街宣車が来て『心を入れ替えなさい』と言われる」など、かなり荒唐無稽なものになっていたようです。とはいえ、裁判所による「村の人が自分の噂話や悪口を言っていると思い込んでいた」という認定は違っていると思います。村に流れた噂話は、犯人だけではなく、村人全員に対してあったのです。
 事件の起こった村に流れる噂、日本中にある田舎での噂、そして都会の噂、ネットの噂。噂は私たちにとって一体何なのかということを掘り下げました。読んでいただけるとうれしいです。
_(聞き手/程原ケン)

高橋ユキ(たかはし ゆき)
1974年生まれ、福岡県出身。’05年、女性4人で構成された裁判傍聴グループ「霞っ子クラブ」を結成。殺人等の刑事事件を中心に裁判傍聴記を雑誌、書籍等に発表。現在はフリーライターとして、裁判傍聴のほか、さまざまなメディアで活躍中。

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