過去を消した女たち 第9回 さくら(33) 風俗の仕事は「手っ取り早く稼ぐには一番いい」

「高校生になるまで、電車も1人で乗ったことがなかったですし、夜遊びなんて高校の部活が終わるまで、したこともありませんでした。自分で言うのもなんですけど、いたって真面目な生活をしていました」

 都内某所のカフェで、さくら(33歳)という元風俗嬢から話を聞いていた。落ち着いた口調の彼女からは、浮ついた空気は漂ってこない。これまで多くの元風俗嬢に話を聞いてきたが、高校3年生まで夜遊び未経験という女性に会うのは、初めてのことだった。

 現在、美容師をしているという彼女だが、10年ほど前、デリヘルで2年ほど働いていた。いたって真面目な彼女が、なぜ風俗で働くことになったのか。

「高校の時は部活が忙しくて、部活を引退するまでアルバイトもしたことがなかったんです。夏休みを終えた頃にガソリンスタンドでアルバイトを始め、そこで今も友達の加藤という同い年の女性と出会ったんです。加藤は高校を中退して、キャバクラとガソリンスタンドを掛け持ちして働いていました。その加藤に誘われて、カラオケに行ったり、色々と遊ぶようになったんです」

 がらっと変わった高校生活。しかし、両親に加藤さんを紹介したところ、とても明るく愛想がよかったため、「彼女と一緒なら大丈夫」と安心していたという。

 高校卒業後、美容系の専門学校に通い出したさくら。高校時代より出歩く機会は増えたものの、真面目に生活する中、加藤さんから「デリヘルで働かないか」と誘われるようになった。

「さすがに風俗の仕事は、二つ返事でできるものではないので、ずっと断っていたんですけど、『人が足らないから来て』と言われ続けて、半年ほど経って働く決心をしたんです。何事も経験かなって。あまり深く考えないようにもしました」

 友人に誘われなければ、間違いなく踏み込むことのなかった風俗の世界。金銭的に困っていたわけではない。当時は、男性経験も1人だけ。セックスに対しても、ことさら興味があるわけではなかったという。

「初めてのお客さんのことはよく覚えています。緊張してぎこちなかったです。プレイの内容より、その人の態度が印象に残りました。40代の紳士的な人で、私にも敬語で話してくれて、それからちょくちょく指名してくれるようになったんです。その人からしてみたら、慣れてないのがよかったのかもしれません」

 稼ぎは多い時で月に80万ほどになった。普通のアルバイトで稼げる額ではない。それでもブランド品を買い漁るわけでもなく、身なりは変わらなかったという。

「ほとんど食費に消えました。カラオケに行ったり、友達におごったり、手元にはほとんど残りませんでしたね。物欲というよりは、食欲に消えていきました」

 身体的に太ったぐらいで、両親からいぶかしがられることはなかった。ただ、何度か危険な目にはあった。

「本番は絶対に断っていたんですけど、タチの悪い人に無理矢理入れられて、中に出されたことがあったんです。それでアフターピルを飲みました。あれって、飲むと次の日はずっと吐き気が止まらず、寝込むような状態になるんで、すごいきつかったのを覚えています。それと、ストーカーですね。最寄り駅の改札にいきなり現れた時は、さすがに恐怖心を覚えました。しばらくは使う駅を変えました。他の店の話ですけど、女の子がお客さんに殺されたという事件もあったので、変な気を持たれないように気を付けるようにしました」

 専門学校卒業と同時に風俗から足を洗ったさくら。出勤最後の日のことも忘れられないという。

「辞める日にプレゼントをくれたお客さんがいて、リボンがついた箱に入っていたのは、極太で透明の光るバイブだったんです。自己中なお客さんが多かったですけど、さすがにびっくりしました」

 それからは、風俗に戻ることはなく、3年前には結婚して、幸せな毎日をすごしているという。

「今はまだ、旦那さんの仕事も順調ですし、私の仕事も問題はありません。ただ未来は、どうなるか分かりません。そうなった時には、需要があるか分からないですけど、風俗の仕事に戻ることは頭の片隅に常にあります。手っ取り早く稼ぐには、一番いいですからね」

 その時、旦那さんには打ち明けるのだろうか。

「いや、絶対に言いません。そんなこと言ったら、『死ぬ』とか言い出しそうです。黙ってやると思います」

 風俗で働いたという事実は、過去のことも、これから働いたとしても、誰にも言うつもりはないという。

 金銭的な魅力の他に、風俗の仕事を厭わないのには理由があった。

「いま思えば、セックスというものが嫌いではないんだと思います。性に対して、人より貪欲なところがあるかもしれませんね」

 その感情は、風俗で働いたがゆえに気付いたものだ。その言葉を聞き、風俗に身を投じ、仕事をし続けられる女性には、心のどこかに彼女と同じような感情があるではないかと思った。売春は世界最古の職業とも言われるが、金銭的な魅力ばかりでなく、女性にも性的な満たされ得るという側面もあることを、彼女の発言は物語っているのだった。

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