いまも輝くビートルズ 映画では社会派の一面も

いまも輝くビートルズ 映画では社会派の一面も

英ロンドンで9月15日(現地時間)に行われたプレミア上映に登場したリンゴ・スター(左)とポール・マッカートニー

 来日50年を迎えた英国の音楽グループ「ザ・ビートルズ」のドキュメンタリー映画「ザ・ビートルズ〜エイト・デイズ・ア・ウィーク」(KADOKAWA)が公開された。同映画はロン・ハワード監督(62)がメガホンを取り、デビュー前、地元リバプールのライブハウス「キャバーン・クラブ」で歌う姿から世界を席巻していく様子、最後に観客の前で演奏した1966年8月の米サンフランシスコでのライブまでを追いかけた。作品では初来日時の警備の様子を警視庁が撮影し、これまで秘蔵とされていた音声なしの約35分のモノクロ映像の中から公演した日本武道館、滞在したホテル周辺などを捉えた約4分の映像が初公開されている。
 
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 「リンゴと初めて演奏したとき、そのキック音に驚いたんだ。『これだ!』と振り返って、ふたりで見つめ合ったんだ。いまでも感動するよ」

 ポール・マッカートニー(74)は映画の中でリンゴ・スター(76)との最初の音合わせで受けた衝撃を、昨日の出来事のように語る。過去の映像だけでなく、当事者たちの回想が挟まることで、逸話が立体的になっていく。

 ビートルズは61年から62年にかけて英国のシーンに華々しく登場。63年末には欧州ツアーを開始し、64年2月に米国の人気テレビ番組「エド・サリバン・ショー」に出演したことで人気に火がついた。

 英ロンドンで開かれたワールドプレミアで、ポールは「一夜で成功をしたわけじゃない。リバプールで長い下積みがあって、ドイツのハンブルクに巡業公演に出向いたこともある。僕たちは4人の仲間から始まったんだ」。リンゴも「好きなことをやり続けただけ」と振り返った。

 「トップを取ろう!」。そろいのスーツに身を包んだ4人は運命共同体。情報の受発信が困難だった時代、信じたのは4人の感覚だった。音楽制作では、小さな部屋に置かれた一つのベッドの上に寝転び、ギターを爪弾きながら世界観を追求した。インタビュアーから言葉を求められた際も、最初に気にするのは互いの反応。大人たちの質問をジョークでかわし、どの地でも4人の間合いを守った。

 映画に携わったプロデューサーのナイジェル・シンクレア(68)は「彼らが気にかけていた“観客”は自分たちであって、これがとてつもないコンビネーションを生んだ」と結束の強さにあらためて驚かされたという。

 襟足の長い髪形やファッション、そのアイドル性が世界中をとりこにしたが、常に周囲を客観的に見つめ続けた。

 それは64年に初めて米国で行ったツアーでのこと。当時、水飲み場などの施設は人種で区別されており、コンサート会場も客席を分けることを要求された。しかし公民権運動を公に支持していたメンバーは演奏を拒否。ポールは「そんなおかしな決まりは変えていかなくては」と、皆が演奏を楽しめるよう訴えた。

 リバプール特有のアクセントを直さず、生み出す作品には過去に前例がないアイデアを取り入れ、異彩を放ち続けた。生み出した独自性が、いまもなお輝き続ける理由だ。

 映画を盛り上げようと、4人のライブの様子をまとめた書籍「ザ・ビートルズ ライブの時代」(シンコーミュージック・エンタテイメント)のほか、ライブアルバム「ライブ・アット・ザ・ハリウッド・ボウル/ザ・ビートルズ」(ユニバーサル)など関連作品も登場。東京・銀座のソニービルでは10月2日まで、写真展示やグッズを販売する企画「ザ・ビートルズ・エイト・デイズ・ア・ウィーク・ギャラリー」も行われている。