不倫釈明会見で好感度急上昇の三田寛子の苦労と橋之助が狙われた理由

不倫釈明会見で好感度急上昇の三田寛子の苦労と橋之助が狙われた理由

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歌舞伎役者の中村橋之助(51)が、京都の30代の芸妓との不倫を報じられた。


その妻でタレントの三田寛子(50)が先ごろ、都内で会見した。



三田は雨の中、ビニール傘を差して「芸以外のことでお騒がせする結果になってしまい、夫婦で主人も私も至らぬ点がありましたので深く深く反省しております」と謝罪した。


このときの三田の堂々とした対応に、坂上忍は「円楽師匠に次ぐ名会見」、宮根誠司は「100点満点ですね」と、情報番組の司会者がそれぞれテレビ番組で絶賛した。だが、三田のこの絶賛された対応の背景には、梨園の妻ならでは事情がある。


「橋之助は、人間国宝だった父が名乗った大名跡『中村芝翫』(なかむら・しかん)の襲名披露興行を来月に控えており、同時に息子3名も襲名披露をする。10月から1年間、興行で全国を回るが、その成功のためには、不倫騒動の影響を最小限に食い止める必要があった」(スポーツ紙記者)


三田は、かつてアイドルだったころには天然ボケが特徴だった。その三田が立派な梨園の妻となった背景には、重ねられた努力がある。


「結婚が決まってから、料理、書道、茶道、華道、着付けなどを習い、周囲から跡継ぎを求められるプレッシャーのなかで、第1子を流産したあと、3人の男児を出産しています。1日に洗濯は6回、10升の米を炊いたこともあるそうです。家族でクルージングがしたいという橋之助の夢のために、船舶免許も取得しました」(同)



歌舞伎界は、2012年に中村勘三郎(享年57)、2013年に市川團十郎(享年66)、2015年に坂東三津五郎(享年59)が死去している。そのため、ほぼ同年代の橋之助にかかる期待は大きく、中村芝翫の襲名がその期待を象徴していた。だからこそ、不倫が報じられたという見解がある。


「襲名披露を控え、おしどり夫婦の評判が高かった橋之助が、今年の芸能界の不倫報道の流れで、格好のターゲットとなってしまった」(同)


いずれにせよ、橋之助は今後、三田には頭が上がらないだろう。

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