昭和天皇、沖縄訪問かなわず「もう、ダメか…」元侍医が証言

昭和天皇、沖縄訪問かなわず「もう、ダメか…」元侍医が証言

画像提供:マイナビニュース

フジテレビ系報道特番『報道スクープSP 激動!世紀の大事件V』(27日21:00〜23:48)では、昭和天皇の侍医を務めた伊東貞三氏(88歳)が、知られざる天皇崩御の舞台裏を明かす。

在りし日の昭和天皇

「誰もが知る大事件の誰も知らなかった新事実」を紹介していく同特番は、今年で5回目の放送。今回は「和歌山毒物カレー事件」「八王子・スーパーナンペイ事件」「東電OL殺人事件」に加え、「昭和天皇の病と戦った医師」のテレビ初告白が放送される。

伊東氏は、昭和天皇が崩御するまでの6年間、侍医を担当。1987年の昭和天皇86歳の誕生日後、容態が急変したが、十二指腸の一部が潰されており、細くなっていた。陛下の体にメスを入れるなどとんでもないという空気の中、伊東医師は「早くオペを」と発言し、バイパス手術が実施される。

翌88年の全国戦没者追悼式が、公の場での最後の姿となり、その1カ月後の9月に吐血。伊東医師は、その日から111日間の記録を日記に記録していた。

伊東氏よると「『伊東…きょうは満月だよ、そこを開けてごらん…きれいだよ』と言葉をかけられ、「とても命の危機が迫っているとは思えない人間離れしたお姿だった」という。

実はがんを患っていた昭和天皇に、最後まで病名が伝えられることはなかったといい、伊東氏は最後まで「生きて伝えたいことがあるはず」と真実を伝えようとしたが、それがかなうことはなかった。

その後、昭和天皇が「もう、ダメか…」とつぶやいたが、それは自らの体の状態のことではなく、「沖縄に行けなかったこと」と答えたそうだ。そして、89年1月7日、朝6時33分に崩御。その最期の瞬間まで伊東氏は克明に記憶しており、番組内で全てを明かす。

石田英史チーフプロデューサーは「印象的だったのは、当時、侍医だった伊東先生の話で、『昭和天皇は、自分の言葉の"重さ"を自覚していらっしゃるのか、痛いともおっしゃらず、発言はほとんどされなかった』といいます。そして、日記の最後にこう記しています。『昭和天皇は戦後40年余り、死よりも重い重責を背負いながら生きてこられた』と」とコメントを寄せている。

(C)フジテレビ

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