桜井野の花、逮捕後異例の40日間勾留 壮絶な留置所生活語る「目先のお金に目がくらんでしまった」嫌悪感と後悔<独占インタビュー前編>

桜井野の花、逮捕後異例の40日間勾留 壮絶な留置所生活語る「目先のお金に目がくらんでしまった」嫌悪感と後悔<独占インタビュー前編>

モデルプレスのインタビューに応じた桜井野の花(C)モデルプレス

【モデルプレス=2021/07/27】5月に無許可でキャバクラを営業したなどとして逮捕された、歌舞伎町キャバクラのキャスト兼オーナーでYouTuberとしても活動する桜井野の花がモデルプレスの取材に応じ、逮捕を受けた心境や騒動に対する本音、過去の後悔と今後への決意、家族・ファンへの思いを告白した。



別店舗でも再逮捕されたことから“異例”とも言える40日間の勾留となり、「留置場の生活がやっぱり1番しんどかった」と振り返る桜井。約60分に渡った取材の【前編】では、逮捕時の状況から、40日間の留置場での生活、勾留中に考えていた思いなどを語る。

◆「いつ逮捕されてしまうんだろう」プレッシャーの日々から逮捕されるまで

2月1日に私がお店に不在の時に摘発があって、その後17日にも私を含めた従業員などに対して、一斉にガサ入れがありました。そこから5月15日の逮捕に至るまでの間、「いつ逮捕されてしまうんだろう」という気持ちで生活していたので、プレッシャーの中で過ごすのが本当に辛くて…。最初の摘発の段階で私がお店にいたらそのまま逮捕されていたかもしれないので、お店にいれば良かったとも思ってしまいました。

5月15日、逮捕されたのは日曜日のあさ9時半でした。家にオートロックがあったのですが、直接ドアの前のインターホンが鳴って、家の中にある現金や、身につけているアクセサリー、書類などが全部押収されて、パトカーの中に入った時に「何時何分、渚りえ(※桜井野の花の本名)逮捕」と言われました。

“来るべき時が来た”というのと、正直プレッシャーから解放された気持ちもありました。あとは、私はSNSでインテリ系な一面を見せてきたつもりだったので、逮捕を受けて、ファンの方が思い描いている桜井野の花ではなくなってしまうことや、世間の目を考えると、申し訳ないという気持ちがバッと出てきました。

◆勾留後に罪の重さを実感、面会可能も「誰にも会いたくないくらい落ち込みました」

最初の摘発を受けた時に、弁護士さんにも相談をしていたのですが、名義貸し無許可営業の勾留は大体20日ほどだと聞いていたので、最初は、こんなに長く留置場に入って、保釈申請を出さないと出られないということになると思っていなかったです。逮捕された時は、正直20日間我慢すれば…という気持ちもあったんだと思います。でも、なかなか出られなくて、もしかしたら保釈も通らないかもしれないということを聞いて、自分が思っていたよりも罪が重いことを実感して、留置場に入った後の方が「このまま出られなくなったらどうしよう…」という不安がどんどん大きくなっていきました。

面会が可能になった時も、外に出られるか出られないかわからない状況だったので、人に会ってしまうと外に出たい気持ちが大きくなるし、私自身もメンタル的に耐えられる自信がなかったので、誰にも会いたくないくらい落ち込みました。

◆逮捕によって明らかとなった結婚していた事実・本名・年齢

SNS上では名言を避けていたのですが、あくまでも桜井野の花としてのキャラクターで、私を指名してくれているお客さまや、私のことを知ってくれている人は私の実年齢を知っていました。

結婚のことも、SNS上では言っていなかったのですが、旦那の嫌がらせがすごすぎて…。深夜営業の通報をしていたのも旦那だったし、「俺は桜井野の花の旦那だ」って言って歌舞伎町を回るようになったんですよ。それでお客さまから「あれ野の花って結婚していたの?」って言われることもあって、旦那から脅されていることも知っている方が結構いたので、そこに対してはあまり気にしていないです。

◆“異例の40日間勾留”5日に1回の入浴・体重2kg減…留置場での生活

今までもちろん経験したこともなかったですし、最初の10日くらいはミニマリストみたいな生活をしました。私は家がすごく物で溢れていて、貧乏症がすごくて物捨てられなかったので、「あっこんなもんで人間って意外と生活できるんだ」と学びも多かったというか、いかに自分の生活がだらけていたのかわかりました。トイレもオープンだし、お風呂も5日に1回。留置場から出た時は2kgくらい痩せていました。

最初は1人部屋で、後からほかの方と同部屋の5人部屋でした。中にいる人たちとちょっと会話をしたり、みんなで筋トレをしたりとかして。1人でいると「もう一生このまんまなんじゃないかな」とか「そのまま実刑に行ってしまうんじゃないか」と考えてしまっていたので、大丈夫だったか大丈夫じゃないかでいうと、大丈夫じゃなかったです。3ヶ月とか4か月とか長く留置場に入っている人たちと同部屋になったので、「こういうケースってどうなるんですか?」とか「起訴決定状が出てから、起訴を金曜日にされると土日は裁判所がやっていないからそこは動けないんだよ。だからどんなに早くても月曜日になったり火曜日になったりするよね」とか、そういう知らなかった知識を聞くことができました。

留置場の生活がやっぱり1番しんどかったし、あの会いたい人とも接見禁止で会えないし、出られるか出られないかわからない状態だったので、自分のメンタルも落ち込んじゃっていて、その時が1番しんどかったです。

◆「目先のお金に目がくらんでしまった」経営者としての嫌悪感と後悔

法律とは別で、歌舞伎町では歌舞伎町でのルールがあって、「N」というキャバクラでプロデューサーとして入った時も、名義人付きでいくら、という形で売りに出されていたので、名義人を立てるということが罪に問われるということを知らなかったんです。なので、正直これで逮捕されると思っていなかったので、ほかにも同じことをしている人がいる中で、「なんで私だけなんだろう」という気持ちもあります。

名義貸し無許可のリスクがある中で「周りの人もやっているからこれで良いだろう」と見切り発車してしまったのは自分なので、経営者としての知識が浅はかだった。一手間一手間面倒くさがらず、もっとしっかりとやっておけば良かったと思います。

リスクがあるなら、法人で契約してくれる物件をちゃんと借りるべきだったし、目先のお金に目がくらんでしまった自分に対して、嫌悪感と後悔があります。でも後悔してる時間も正直勿体ないと思っていて、悩んだり考えたりするよりも、前を見て進んでいくしかないのかなと思っています。

◆摘発受けた「桜花」「花音」社長は4月に辞任

摘発があった「桜花」と「花音」に関しては、深夜営業ができなくなったという段階で立て直しをしようとは思っていたんです。深夜営業でやっている時は許されていたことが、1時までの営業の店になったら許されないという事柄がどんどん増えていって…。なので、直して欲しいところを従業員にも伝えていたのですが、私の言うことは聞いてくれませんでした。

これまで仲良しこよしでやってきてしまったところがあって、従業員を甘やかしすぎてしまったのかもしれないです。危機的状況に置かれた時に、私の言うことをこの人たちは聞いてくれないんだろうなと思っていたので、オーナーとしては残りましたが、4月いっぱいで社長という立場は辞任しました。

◆呪縛に囚われた逮捕前…逮捕後の人間関係に変化も

経営していたバーで働いていた男の子に酒代や店の経費などを預けていたのですが、逮捕後に全部持っていかれてしまいました。逮捕された従業員3人にも、留置場から出てきた後に「留置場で大変だったと思うから休んでいて良いよ」と給料を渡したのですが、お金を渡した後に警察で別な証言をしていたり、追加の給料をせがんできて私がアフターしている先に乗り込んできて胸ぐらを掴まれて殴りかかってこようとしたり…。

逮捕される前から裏切られることは多くて、旦那にも「警察にチンコロしに行く」と言われたり、「今からでも謳ってきてやっても良いんだぞ」と周りから脅されたりしていました。なので、私が逮捕されたことによって、周りが私を脅す要因が無くなったので、その呪縛から解かれてホッとしている気持ちもあります。

(modelpress編集部)

★インタビュー【後編】へ続く。

【Not Sponsored 記事】

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