スター選手だった長嶋一茂 大学時代に唯一勝てなかった“天才”は今!?

スター選手だった長嶋一茂 大学時代に唯一勝てなかった“天才”は今!?

9月30日放送、TBS系『消えた天才』第4弾。大学時代に唯一「かなわない」と思った天才バッターについて語る長嶋一茂(C)TBS

10月改編でレギュラー化が決定したTBS系『消えた天才』(毎週日曜 後8:00〜8:54)。あらゆる業界の一流が、かつて「勝てなかった人」「すごいと思った人」で、現在は表舞台から姿を消している“消えた天才”の第2の人生を追跡するドキュメントバラエティー。レギュラー化前、最後の特番となる第4弾(30日放送 後9:00〜10:48)には、自身も野球解説者・タレントとして“第2の人生”を歩んでいる長嶋一茂が登場。自由奔放、歯に衣着せぬ発言でわが道を行く一茂が、「人が活躍して喜んだのは彼だけ」と認めた天才バッターの“今”に迫った。

 日本のプロ野球史に燦(さん)然と輝くスター選手で、元巨人監督の長嶋茂雄氏の長男として生まれた一茂。彼もまた、人気と実力を兼ね備えた超一流選手だった。大学野球の名門、立教大学に進学すると、1年生からレギュラー入り。その後はキャプテンで4番を任され、リーグ戦では打点王に輝くなど大活躍した。4年生で日本代表入りすると、古田敦也や野村謙二郎ら、後に名球会入りする逸材を押しのけ4番の座に就くほどのスター選手だった。

 そんな大学時代、一茂が唯一勝てなかった同学年の天才打者がいたという。その天才は、1987年の日米大学野球で、一茂、古田らが相手ピッチャーの豪速球に手が出ない中、この大会で日本唯一となるホームランを放った。しかも、その一打は、代表を勝利へと導く逆転サヨナラスリーランホームラン。当時の映像を見て一茂は、「人が活躍して初めて喜んだ」と、振り返った。

 日米野球でホームランを放った天才の活躍は、当時大きな話題となり、テレビの単独インタビューを受けるほど注目を集めた。秋田県の進学校を卒業後、一般入試で慶応大学に入学。伝統ある野球部のキャプテンを務め、六大学野球リーグで首位打者を獲得して、慶応を24年ぶりの日本一へと導き、今後の野球界を背負って立つ逸材になると誰もが思った。

 しかし、一茂が1位指名を受けたドラフト会議で指名されることはなく、社会人野球へと進むこともなく、その天才は表舞台から姿を消した。文武両道に優れ、球界の宝となるべき打者はなぜ姿を消したのか? あれから31年、消えた天才は、今、どこで何をしているのか…衝撃の事実が明らかになる。

 さらに、一茂自ら、天才に勝てなかった理由を分析。そして、「彼のマインドがあれば、現在スポーツ界で起きているさまざまな問題は起きていない」とバッサリ、一茂節をさく裂させる。

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