6人になった関ジャニ∞、見たことのない姿で届けた新生宣言と渋谷へのエール

6人になった関ジャニ∞、見たことのない姿で届けた新生宣言と渋谷へのエール

台風で延期になった京セラドーム大阪公演が11月17日に行われる (C)oricon ME inc.

関ジャニ∞が、初めて6人だけでドームライブを行った。脱退した渋谷すばるは、メインボーカルとして強烈な個性を放っていた存在。渋谷が抜けた大きな穴を、メンバーはいかにして埋め、メッセージを発したのか。奇しくも、ジャニーズJr.時代に“東のタッキー、西のすばる”として人気を博した滝沢秀明と渋谷、両名がグループのステージを去った。それぞれの葛藤を振り返りながら、新生・関ジャニ∞のライブを考える。

■渋谷のいない関ジャニ∞、見たことのない姿で“穴”を埋める

 「あんな錦戸亮を初めて見た」と思った。「あんな村上信五を初めて見た」と思った。

 9月9日、関ジャニ∞の東京ドーム公演最終日。錦戸は、最後の挨拶で「エイターーーッ!!!!!!!」と叫んだ。渋谷すばるがつけた関ジャニ∞ファンの呼称を、彼が口にしたのを聞いたのはそれが初めてだった。もちろん、彼が極度の照れ屋ということもあるだろう。でも一番の理由は、コンサートでは歌もダンスもバンドもこなす関ジャニ∞が、バンド編成で最高にロックな曲を歌う、その絶頂で、「エイターーーッ!!!!!!!」と叫ぶのは、ずっと渋谷すばるの役目だったからに他ならない。

 ステージ本番前に走り込みをするなど、普段は超人的なスタミナを誇る村上信五が、まるで自分の限界を超えたかのように最後の最後、ステージにへたり込み、大倉忠義に支えられて他のメンバーよりも先にステージを離れたことも、それまで見たことのない光景だった。

 昨年2月に髄膜腫の手術をし、今年の4月には立ちくらみから転倒。骨折をし、全治3ヶ月と診断されていた安田章大は、まだまだ本調子とは言えない。MCのコーナーでは休憩に入っていたし、いつもなら最低2曲はセットリストに組み込まれる全員でのハードなダンス曲も、今回は披露されなかった。一方で、丸山隆平はベースの腕をメキメキとあげ、横山裕も2013年から始めたトランペットの上達もめざましく、大倉忠義は可愛く撮れる動画アプリでVTRコーナーの演出を担当。“元気印”なメンバーは、それぞれが自分たちの得意分野を駆使してライブを盛り上げていた。

 渋谷すばるのいないコンサートは、見慣れない光景の連続だった。でも、そこに、例えば「ぽっかり穴が空いた」とか、「パワーダウンした」とか、「全然物足りない」というような、ネガティブな印象はない。もちろん、渋谷のファンで、これまでのライブでずっと渋谷を目で追いかけてきた人たちにとっては物足りないだろうし、パワーダウンして見えたに違いないけれど、“関ジャニ∞”というグループの発する“熱量”は、少しも減っていなかった。“赤”というメンバーカラーが象徴する“情熱”を、そのまま声にしたような、火の玉のようなメインボーカルが、あのバンドをバックにして聴けなくなったことはとても寂しいことだけれど、9月9日のライブでは、6人のメンバーが一丸となって、渋谷すばるの抜けた穴を、しっかりと埋めていた。“赤”とはまた違う色で。

■「存在がデカすぎた」、渋谷をロックの道に駆り立てた滝沢秀明

 そのせいか、“バンド”としての印象は少し変わったかもしれない。渋谷の表現には、常に“ロック魂”が炸裂していた。爆発していた。だからこそカリスマ性があったし、いい意味での“波”もあった。音楽に救われ、音楽に生きるとどこかで決めていたからこそ、自分の音楽にプライドとこだわりを持っていた。専業のミュージシャンや音楽通と言われる人たちにまで、関ジャニ∞の音楽性が認められるようになったのも、渋谷のロック魂がメンバーを導いてきたことが大きい。「このクソみたいな世の中」などとライブの挨拶で発言してしまう反骨心。「俺はこんなもんじゃない」という足掻きや葛藤。暗闇ですべてを塞いでしまうほどの孤独――。あんなにも明るくて、あんなにも理解しあえる仲間に囲まれながら、それでもずっと何かと格闘していた。“アイドル”でいることに誇りを持ちながら、自分が所属するアイドルグループを心から愛しながら、それでも、自分の中の“ロック魂”をもっと爆発させたいと願った。もっと爆発させずにはいられなかった。

 関ジャニ∞の東京ドーム公演最終日から4日後の9月13日。かつて「東のタッキー、西のすばる」と呼ばれ、ジャニーズJr.時代に絶大なる人気を誇った渋谷の“盟友”滝沢秀明が、芸能界からの引退を表明した。来年からは、ジャニー喜多川社長のサポートをメインとしたプロデュース業に回るという。1999年頃、Jr.として人気絶頂で東京にも進出していた渋谷が、突然活動の拠点を大阪に戻してしまったことがあった。その理由を、国分太一が司会をしていた『ザ少年倶楽部プレミアム』(NHK BSプレミアム)で、渋谷はこう語っていた。「(自分にとって)タッキーの存在がデカすぎた」と――。発言の真意は、もちろん本人でなければわからない。でも、アイドルとして完璧すぎる滝沢に対してコンプレックスを抱いたこともまた、渋谷がロックへと傾倒していくひとつの理由になったことは確かだろう。

 “アイドル”だった二人は、全く違う道を選ぶことになった。でも、表舞台を去る滝沢はともかくとして、渋谷すばるは来年以降ソロアーティストとして、必ず“元・関ジャニ∞”の名に恥じない活躍をしてくれるはずだ。なぜなら、9月9日の関ジャニ∞のパフォーマンスが、渋谷すばるが率いてきた音楽における“関ジャニ∞魂”を、きちんと踏襲したものだったからだ。もし、あの場所に渋谷すばるがいたとしたら、きっと彼らに心からの拍手を送ったことだろう。目には見えなくても、声は聞こえなくても、結局あのライブに渋谷すばるは“いた”のだ。メンバーの心の中に。スタッフの心の中に。エイターの心の中に。

■WANIMA書下ろしの新曲は、新生・関ジャニ∞宣言であり渋谷へのエール

 アンコールの最後で披露された新曲「ここに」は、きっと、関ジャニ∞の代表曲になる。それほど、力強くて、優しくて。大切な人との別れを経験したことがある人なら誰にでも、“刺さる”曲だ。この曲は、「渋谷すばるがジャニーズ事務所を退所する」ことを踏まえ、WANIMAが新生・関ジャニ∞のために、書き下ろしている。逆に言えば、渋谷がジャニーズ事務所を辞めるという決断をしなかったら、この曲はこの世に誕生しなかったことになる。

 デビューから1年足らずで、メンバーとの別れを経験したせいだろうか。関ジャニ∞には、“また逢えたら”と、未来の再会を願う歌がとても多い。9月21、22日の台湾公演の際、中国語で披露された「無限大」には、“いつしか遠く離れても 確かな絆は途切れない”という歌詞があるし、メンバーで歌詞を書いた「All is well」は、“また会えるかな いつまでもこのまま”という渋谷のパートで始まる。高橋優が楽曲提供した「象」は、サビで“10年後またここで会おうよ そんときは今よりずっと笑っていよう”と歌っている。

 「ここに」は、6人の関ジャニ∞が「俺たちはいつもここにいる!」とエイターに向かって新生関ジャニ∞を始めることを宣言する一方、たった一人でロックと格闘していくことを選んだ渋谷すばるへのエールのようにも聞こえる。ライブでは、安田と錦戸が順番に歌うサビ始まりの後、「ラララ」のメロディをエイターに歌わせた。全力で、前のめりになりながら、でもエイターも巻き込むことも忘れずに、心を込めて歌う6人。「Hey!!」という掛け声に短いフレーズで応えていくコール&レスポンス的な展開も挟んで、最後の最後で、最初にコーラスした「ラララ」と同じフレーズに、こんな歌詞が乗った。

“また逢えたら歌おう”
“また逢う日を歌おう”

 そのとき、あの会場にいた誰もが“渋谷すばる”を思った。どこの誰かじゃなく“君”に届け!と――。

(文:菊地陽子)

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