「佐藤健ら俳優陣の奮闘で成長」…“平成仮面ライダー”シリーズ責任者が語る制作舞台裏

「平成仮面ライダー」プロデューサー白倉伸一郎氏、武部直美氏が制作舞台裏を語る

記事まとめ

  • “平成最後の仮面ライダー”を銘打った、『仮面ライダージオウ』が9月から放送開始
  • 12月22日から『仮面ライダー平成ジェネレーションズ FOREVER』が公開中
  • オダギリジョー、水嶋ヒロ、佐藤健ら"ライダー俳優"の奮闘で、今では一大ブランドに

「佐藤健ら俳優陣の奮闘で成長」…“平成仮面ライダー”シリーズ責任者が語る制作舞台裏

「佐藤健ら俳優陣の奮闘で成長」…“平成仮面ライダー”シリーズ責任者が語る制作舞台裏

東映プロデューサーの白倉氏(左)と武部氏(右)が平成ライダーを振り返り「平成ライダーのファンはいない」「作品ごとにファンが付いている」と明かした。 (C)oricon ME inc.

“平成最後の仮面ライダー”を銘打った、『仮面ライダージオウ』が9月から放送開始となり、12月22日(土)からは『平成仮面ライダー20作記念 仮面ライダー平成ジェネレーションズ FOREVER』が公開中。まさに“平成最後”となっている中、東映の仮面ライダーシリーズプロデューサー白倉伸一郎氏、武部直美氏に『ジオウ』および“平成ライダー”の振り返りインタビューを実施。平成の世で仮面ライダーが果たした役割や、特撮が生んだイケメンブーム、批判を浴びながらも復活〜一大ブランド番組に育ててきた知られざる制作舞台裏について話を聞いた。

■仮面ライダーの魅力の本質は“異形性”――まず、白倉さん、武部さんは仮面ライダーとどのように関わってきたのかをお聞かせください。

【白倉氏】 平成ライダーシリーズだけで言うと、『クウガ』の途中からヘルプで入って、『アギト』『龍騎』『555(ファイズ)』『響鬼』『電王』『ディケイド』。今はキャラクター番組を統括する立場なのですが、平成ライダー20作の節目なので、老骨に鞭打って矢面に立っています(笑)。

【武部氏】私は『アギト』『龍騎』『555』『剣』『カブト』『電王』『キバ』『ディケイド』『オーズ』『鎧武』を担当しました。現在のジオウにも関わっています。

――では早速、平成仮面ライダー20作目の「ジオウ」のことから。顔に「ライダー」「らいだー」と書いてあるデザインが非常にユニークです。毎年、新ライダーのデザインには驚かされます。

【白倉氏】多分、100人中100人がカッコいいというヒーローはデザインできると思います。でも、カッコいいだけではどこにでもあるような“ヒーロー”になってしまうんです。仮面ライダーにはならない。昭和の仮面ライダーが元々普通の人が考えるようなヒーローではなく、バッタ。カッコよくはないはずなんだけどなぜか惹きつけられる。言葉にするときっと“異形性”。仮面ライダーの本質はそこなんだろうと思います。例えば、「桃太郎」は桃から生まれなくても物語は成立するんですよ。子供のころから腕っぷしが強い子が鬼を退治してもいいじゃないですか。でも、桃から生まれた時点で理屈抜きに出生から「すごい奴」なんです。そういった“異形性”は平成の世になっても、仮面ライダーを名乗る以上は大切にしていかないといけないところだと思っています。

■携帯電話、電車、お化けまで…時代を彩った過去のライダー制作秘話 ――平成ライダーは、「555(ファイズ)」以降さまざまなモチーフが乗っかることになりましたね。『電王』は電車、『ドライブ』は車で仮面ライダー=バイクじゃない姿など、従来の仮面ライダー像を壊すようなものもありました。

【白倉氏】子供たちの流行りを取り入れるのはライダーの伝統ですね。昭和のライダーがバイクに乗ってたのは、70年代当時に人気の乗り物が自転車だったからです。『電王』はプラレール、『ドライブ』はトミカにインスパイアされているところがありました。『響鬼』の時は太鼓の達人をやりたかったんでしょう(笑)。

【武部氏】電車も車も、子どもに人気のモチーフであることは決めていましたね。

――『ゴースト』は『妖怪ウォッチ』の影響ですか?

【白倉氏】どっちかといえば鬼太郎のような気がします。「555(ファイズ)」でヒントにしたのは『スパイキッズ』だったんですよ。発想のきっかけでしかないので、要素が影も形もわからなくなることもあります。

――なるほど(笑)。ですが、カブトの時は『ムシキング』ブームがあったりと、ヒットの兆しを盛り込む考え方ですね。『ジオウ』は未来の魔王という設定ですが、これはラノベの「魔王ブーム」「転生ものブーム」も意識されていたり…?

【白倉氏】制作陣も、ターゲットの子どもたちもラノベユーザーではないのですが、同じ時代に生きているので、そういう空気は背負っているのかもしれませんね。転生して異世界でやっているという、物語は昔からありふれていますし。

【武部氏】ジオウは「アイアンマン」の影響が多少あるかも。鎧を着たり、ロボットを操ったり。流行しているSFものでも、「今ならライダーでできるかも」と考えたりはしますよね。

【白倉氏】「今度の仮面ライダーはバイクでも電車でも車でもない、ロボットだ!」というスタートでしたが、最終的にはロボットライダーというアピールの仕方はしませんでしたね。

――劇中で主人公が乗り込むタイムマシン兼ロボットの「タイムマジーン」のことですね

【武部氏】 何をやったら驚いてもらえるのかなって考えて「ウサギの着ぐるみを着たもふもふライダー」なんて案もあったんです(笑)。ロボットにライダーが乗ったら驚くよねなんて話からスタートして、「歴代レジェンドライダーのアーマーで変身」というのがメインになったわけです。

【白倉氏】ライダーもいろいろなことをやりすぎてね。昔は「今度のライダーは3人です!」だけで企画が成立したんですが。今はそれだと誰も驚かないという状況で。『ゴースト』は面白かったですよ。「今度のライダーは、化けて出る!」って(笑)。“異形性”のヒーローとしては正しい作り方でしたね。

■批判も評価のうち、「“平成ライダー”のファンなどいない」

――ライダーは熱狂的ファンがいて、尖ったコンセプトを発表する度に批判もありますね。

【武部氏】批判も興味のうちと思っています。無関心に比べたら批判は大歓迎ですよ。
【白倉氏】そうだね。悪評も評判のうちと思うようにしています。

――そういう従来の仮面ライダー像を恐れずに破壊していくというスタンスなんでしょうか。

【白倉氏】「平成ライダー」のお客さんってそんなにいないんです。『ビルド』のお客さん、『エグゼイド』のお客さんのように作品ごとにお客さんがいます。
【武部氏】ファンは枠についているわけじゃないんです。子どもたちも、みんな卒業していってしまうので、一年ごとに作風含めて変えていかないといけない。

――毎年が勝負なわけですね。では、ファン拡大という点でエポックメイキング、ターニングポイントとなった作品は何でしょうか?

【武部氏】私は『龍騎』だと思っています。あれがなければ新たなライダーのデザインはなかったのかなと。それまではクウガ・アギト的な昭和の系譜のデザインでした。龍騎から新たなデザインになりましたし、13人のライダーがバトルロイヤルという設定も後の作品に影響があったと思います。

【白倉氏】仮面ライダーに限らず、ヒーロー番組は、「龍騎以前、龍騎以後」という感じですね。

武部 当時の反響もすごかったですね。イケメンブームもできました。

■特撮の地位を向上させた“ライダー俳優”たち――2000年代に特撮でイケメンブームがありました。今でこそブランド力のあるコンテンツになっていますが、特撮は映画・ドラマよりも下に観られていた時代もあったのではないですか?

【白倉氏】若手俳優の登竜門的位置づけになったのはつい最近。オーディション情報を芸能プロダクションに渡すと、本気で怒られましたからね。「なんでうちの大事な俳優を仮面ライダーのオーディションなんかに出さないとけないのか!」ってね。

【武部氏】そうそう!当時特撮は芸能プロからとても嫌われていました。「変なクセが俳優につく」とか「仕事のない俳優がやるイメージ」と言われました。

【白倉氏】ランクとして下すぎて、特に大手には烈火のごとく怒られました。
武部 『カブト』以前はまさにそうでしたね。

――その潮目が変わったきっかけはなんだったのでしょうか。
【白倉氏】オダギリジョーさんをはじめとする俳優陣が頑張ってくれたからですね。先輩方の頑張りによって、少しずつ浸透していったんですよね。それに当時、研音という大きな事務所に所属していた水嶋ヒロさんが『仮面ライダー カブト』を1年間演じたというのは、業界的にはインパクトがあったと思いますね。一方で、同時期に『ごくせん』などの学園ものが減少した時期でもあったんです。そのタイミングで若手俳優の活躍できる舞台として業界が特撮に興味を持つようになりました。

――今は毎年、仮面ライダー俳優のオーディション結果も注目されていますね。

【武部氏】毎年なかなか俳優が見つからなくて苦労しています。テレビ朝日さん含め色々な人がオーディション審査をしていますが、「この中で多数決で一番」という相対値ではなくて、「1年間番組を背負える魅力のある人」という絶対値で選考していますから、満場一致で決まる人は本当にいないんです。該当者なしというオーディションはよくあります。
『カブト』の時も“俺様キャラ”を演じられる人がオーディションを終えても決まらなくて選考をやり直しました。「水嶋さんに受けていただきたいのですが」とオファーに近い形でした。電王の時も、事務所さんに再度お願いをして会わせてもらったのが佐藤健さんでした。

オーディションの台本では、電王はイマジンに憑依された多重人格者で、途中で人格が変わるという内容でした。それを説明なくみなさんに演技してもらうんですが、台本の意図を正しく理解してふくらませて演じたのが佐藤健君だけでした。仮面ライダーはバトルものですが、そのなかにかわいげや品というか、惹きつけるポイントがあるべきだと思っています。

■次の新世代仮面ライダーは…「同じことをやるつもりはない」――仮面ライダーが復活したのが2000年。平成ライダー第一弾『仮面ライダークウガ』まで11年ブランクがありました。あのタイミングでライダーが復活した理由はなんだったのでしょうか。

【白倉氏】当時日曜あさ8時の枠で、なにもやるものがなくなったからです。仮面ライダーという昭和のコンテンツを箪笥の奥から引っ張り出さざるを得ない状況で、「古くさい」といわれながらもやったのがクウガだったんです。

――“仮面ライダーの復活”は賛否両論だったんでしょうか。
【白倉氏】“賛”はなく否定だけでしたね。仮面ライダーは、東映にとってだけ大事なコンテンツだったんです。仮面ライダーは、初めて東映のテレビ制作事業を黒字にしたんです。1971年の話ですね。東映の映画事業にとって時代劇やヤクザ映画が原点であるように、東映のテレビ制作事業にとって仮面ライダーは原点なんです。当時は社会現象になりましたが1970年前半のヒット以降は、世間には受け入れられなかった。2000年にクウガをやりますと言うときには「今さら仮面ライダー?東映は万策尽きたか」とまで言われました。

――そんな時代があったとは。しかし、クウガが受け入れられたからこそ、平成ライダー2作目のアギトにつながったんですよね?

【白倉氏】そうですね。クウガは視聴率、マーチャンダイジング共に好結果を出しました。ただしこの時点では、仮面ライダーがヒットしたという認識ではないんです。『クウガ』がヒットしたんです。

――では、現在まで続いた本当のターニングポイントという点では、クウガに変わる次のシリーズ『アギト』をやったからなんですね。

【白倉氏】だから『アギト』はクウガ2ではないけれど、ベルトも顔も同じですね(笑)

――そんな紆余曲折を経てコンテンツは大きくなりました。東映にとって今の『仮面ライダー』はどういう存在ですか?
【武部氏】なんでもやれるコンテンツですね。映画も、歌も出せる。役者さんにとってはステージに出ることもあり、多彩な展開ができるコンテンツになってきていると思います

――平成は『仮面ライダー』にとって“復活〜拡大”の時代でした。次の元号ではどのような展開になっていくのでしょうか。
【白倉氏】良くも悪くも『平成ライダー』という言葉にイメージがあって。「こういうもの」っていう思い込みがブレーキになる側面もありますから、元号に仮面ライダーを紐づけてしまったことを一度リセットしていきたい。次の元号では平成ライダーと同じようなことをやろうという考えはないです。また、イチから模索していかないといけない。それを考える基盤として平成ライダーがあったと思っています。

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