人気バラエティー制作集団“シオプロ”の魅力 ダウンタウンへの憧れと番組作りの極意(前編)

人気バラエティー制作集団“シオプロ”の魅力 ダウンタウンへの憧れと番組作りの極意(前編)

シオプロが制作を手がけるテレビ東京『ゴッドタン』に出演するおぎやはぎ、劇団ひとり (C)ORICON NewS inc.

 『ゴッドタン』『日村がゆく』『勇者ああああ』『水曜日のダウンタウン』『クレイジージャーニー』。バラエティーの規制が厳しくなったといわれる中で、それぞれのやり方で熱狂的な支持を集める番組だが、実は“共通点”がある。番組制作プロダクション「シオプロ」が、番組作りに携わっているのだ。今どき珍しい“ド直球のバラエティー番組”のスタッフロールで「制作協力:シオプロ」との文言をよく見るが、制作会社とは番組作りにどう関わっているのか。シオプロの塩谷泰孝社長、ディレクターの水口健司氏、同社とゆかりのある放送作家・オークラ氏に話を聞いた。

■制作会社はテレビ作りの“何でも屋” ダウンタウンへの憧れとシオプロ設立

 そもそも、テレビ番組はテレビ局の社員だけで作っているわけではなく、制作会社と共同で番組を作っていく。そして、一口に制作会社といっても、番組の立ち上げからオンエアまでガッツリ関わるところから、スタッフ派遣を中心に行うところまで、そのあり方は千差万別。一つの番組に複数の制作会社が入ることや、会社に所属しないフリーのスタッフを集めて制作するなど、各番組によっても様々な形態があるため、水口氏は「免許が必要というわけでもないですから、制作会社の数でいったら100〜200なんてレベルじゃない」と明かす。多様なニーズに応える、テレビ番組作りの「何でも屋集団」である制作会社が数多くある中で、シオプロはどうやって独自のカラーを出すことに成功したのか。話は、塩谷氏の業界入りまでさかのぼる。

 「僕は本当にダウンタウンさんがめちゃくちゃ好きで、お笑いに何らかの形で関わりたいという思いから、高卒でADのアルバイトから始めました。配属されたのがTBSテレビでTOKIOの番組『ガチンコ!』(1999〜2003)、そこでTBSの演出家の合田隆信さんに育てていただき、素人番組のノウハウを学びました。『ガチンコ!』が終わって、初めてディレクターとして担当したのが、憧れの浜田雅功さんMCの『オオカミ少年』(2004〜05)です。そこでTBSのプロデューサー坂本義幸さんに拾ってもらって『リンカーン』(2005〜13)が始まり、その時ディレクターだった仲間が、『水曜日のダウンタウン』(2014〜)演出の藤井健太郎君とか『クレイジージャーニー』(2015〜)演出の横井雄一郎君など。こういった出会いがあって、今があると私は思っています」。

 塩谷氏は2005年に28歳でシオプロを設立。オークラ氏は語る。「ディレクターはフリーで活動していると、自分でお金の勘定とかもしないといけないけど、会社を作った方が事務手続きとかも楽になるし、テレビ局側も発注がしやすい。塩谷はその辺がしっかりしていて、ちゃんと自分の仕事をやりやすくするために会社を作った。その頃は、今みたいに個性の強い制作会社を作る予定ではなかったはずなんです」。早い時期から作り手と同時にマネジメントの視点を持っていた塩谷氏だが、「設立当初は、本当にマンションの1室で机も椅子も何もない所で、架空請求の会社みたいな感じでしたよ。ガハハ!」と笑いとばす。

■シオプロらしさ作った2つの“近さ” 芸人の本音見える番組作りの極意とは?

 「シオプロらしさ」が形成されるキーワードのひとつに“世代の近さ”があったと3人は考える。40代の人間はダウンタウンの影響が強く、お笑いに対する憧れや熱が非常に高い。そんな中で、世間では2003年ころからお笑いブームが起き、そのメインになれなかった“あぶれ者たち”がテレビ東京系『ゴッドタン』(2005〜)という番組作りに集まり、プロデューサーの佐久間宣行氏をはじめ近い世代の人々によって、深く濃い関係性が生まれていった。そして、その“たまり場”となったのが、シオプロだった。照れ屋で口ベタな塩谷氏に代わって、水口氏とオークラ氏が続ける。

 「そこから、アイツはこういう面白い番組をやっている、アイツの作るVTRは面白いってなんとなくネットワークができた。塩谷さんの考えもあって、シオプロは自由にできる空気があるので、テレビ局のプロデューサーから『この番組をシオプロでやろうか』って話が出てきて、いつの間にか深夜で個性的な番組をやっている奴らがシオプロに集まり始めてきて…。そこから『シオプロってこういう色だよね』っていうような色がつき始めた気がします」。

 出演する芸人との“距離感の近さ”もシオプロの持ち味のひとつ。水口氏は「ちゃんと数字(視聴率)も考えて…というよりは、収録が終わった後に、みんなで遊ぼうぜっていうテイストの番組ばかり。だから、まったくお金が稼げない(笑)。でも、芸人さんたちが本音を話している顔が出る番組を作れていると思うので、独自のカラーが出ているのではないかと思います」と解説する。これを聞く限り“自分たちの笑いに徹底的にこだわる硬派な集団”という印象を受けるが、塩谷氏は「まったく尖っていません、ゴールデンタイムで番組やらせて頂けるなら、全然、視聴者のニーズに合わせたものも、ちゃんと作りますよ(笑)」と大きく口を開けて笑いながら否定する。

 水口氏が「本当にスゴく笑うので、面白いものがよりいっそう面白いと思える」というほど、本当に豪快に笑う塩谷氏。その笑顔に「面白いもの・人」が引きつけられて、今のシオプロという「場」が形成されていることは間違いないが、そこにはある“哲学”も隠されていた(後編に続く)。

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