マイケル・サンデル教授×モーリー・ロバートソン【後編】「競争よりも、労働の尊厳を重視する社会に」

政治哲学の世界的権威、マイケル・サンデル教授(左)にモーリー氏が聞く!(Photo by Jared Leeds/サンデル教授)

話題の新著『実力も運のうち』でリベラル層のエリートたちの傲慢さを批判した政治哲学の世界的権威、マイケル・サンデル教授にモーリー・ロバートソン氏が迫るスペシャルインタビュー。

アメリカで「成功はすべて実力のおかげだ」という能力主義(メリトクラシー)の思想が広まっていった経緯を解き明かした前編に続き、後編ではエリートの傲慢な支配から社会をどう転換させるべきか、その方向性が語られる!

■「やればできる」は傲慢なスローガン

モーリー アメリカをはじめ、日本も含む"西側世界"は、中国やインドのような独裁もしくは十分に民主的な人権が担保されていない体制下の、安価で質の高い労働力に依存しています。

資本主義の膨張が生んだ、グローバルビジネスの勝者たちによるこの"能力主義的貴族政治"を乗り越え、国内外の労働者に尊厳を取り戻すためにやるべきことは、大きくふたつあると私は考えています。

ひとつは、中国やインドの労働者の賃金を引き上げること。もうひとつは、私たちがある種の不便を受け入れる覚悟で、新興国への依存度を下げ、国内の実体経済を取り戻すこと。浅はかな考えかもしれませんが――かといって、ほかの解決策はあるでしょうか?

サンデル そうですね、私たちは間違えたのだと思います。過去40年間のアメリカ、そして西側諸国全般の政策――十分な労働者保護も環境保護も行なわれていない国の労働者に業務を委託したり、事業移転したりすることを認めるというネオリベラリズム型グローバリゼーション政策が間違いでした。

自国の労働者に、同水準の健康や安全や環境保護を享受していない労働者と競争するように求めるのも不公平だと思います。その間違いのせいで、特にアメリカの製造業では多くの製造工程が国内から失われ、多くの失業者が生まれ、多くの労働者階級コミュニティが崩壊しました。

当時は「勝者の利益で敗者の損失を補償できる」という主張(*7)がありましたが、問題は、その補償が一切行なわれなかったことです。失業者は空洞化したコミュニティに取り残され、支援の手がさしのべられる代わりに「もっと良い教育を受けなさい」と言われたのです。

グローバル経済で競争し、勝ち残りたければ大学に行きなさい。収入は勉学によって決まります。やればできます。――それが彼らに与えられた政治スローガンでした。非常に傲慢で、屈辱感を与えるやり方です。

私は人生を高等教育に捧げてきました。人々に大学進学を勧めることには大いに賛成する立場です。しかし、仕事を失った人々に対し、「問題はあなたが十分な教育を受けていないことだ」と言うのは間違いです。

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モーリー よくわかります。

サンデル 大学教育を受けずとも公益のために働き、価値のある貢献をなす労働者階級の有権者は、伝統的に民主党の支持基盤を構成してきました。しかし近年、民主党や進歩主義者たちは彼らよりも高学歴階級に同調し、人々に上昇志向を持たせようとすることで労働者階級を疎外しました。大学の学位を尊厳ある労働や文化的な生活の必須条件とするような経済を構築するのは間違いです。

こうした侮辱的な対応で民主党に見捨てられたと感じた有権者たちの存在が、ドナルド・トランプが大統領に当選する道を切り開きました。私たちが今なすべきことは、人々を競争のために武装させることから、労働の尊厳を強調する方向へと政治の焦点を転換させることだと思います。

その意味で昨年、36年ぶりに"誉(ほま)れ高いアイビーリーグの学位"を持たない民主党の大統領候補となったジョー・バイデン(*8)がトランプを破ったことは興味深いことです。

州立大学に通ったという事実が目に見えない強みとなったのかもしれませんし、それ以上に、バイデンは労働の尊厳と、新型コロナ禍における経済的な救済パッケージについて語りました。そして実際、大統領就任後に1兆9000億ドルの法案に署名しました。

*7......いわゆるトリクルダウン理論。一部の富裕層や大企業などの富が増えれば、やがて経済全体に波及するという経済仮説。アベノミクスも事実上のトリクルダウン政策ではないかという論争があった。

*8......バイデンはデラウェア大学を卒業。その後、ニューヨークのシラキュース大学で法務博士号を取得している。

■コロナ禍で露呈した深刻な「不平等」

モーリー これが最後の質問です。政治の焦点が転換していくとすれば、その旗手になるのはZ世代(*9)でしょうか? 私がアメリカの若者全体の傾向を把握できているかどうかはわかりませんが、彼らはバーニー・サンダース(*10)やAOC(*11)を支持し、社会民主主義的な志向が強く、世の不正を正したいという非常に強いベクトルが感じられます。

サンデル 確かに民主党の重心は動いてきています。バイデン自身は伝統的な中道主義の穏健派ですが、現在のバイデン政権の政策には、民主党政権時代も含めたここ数十年のテクノクラート的(*12)なネオリベラル政策にいら立った若者たちの意向が反映されています。

民主党内において、ネオリベラリズムを代表する主流派の中道主義者と社会民主主義勢力との闘争は今後も続くでしょうし、そこには世代間の闘争という側面も残るでしょう。

*9......1990年代中盤から2010年頃に生まれたスマホネイティブ、SNSネイティブの世代(現在25歳前後まで)。政治・社会活動分野の世界的著名人はスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリなど。

*10......2016年にヒラリー・クリントンと、2020年にはバイデンと民主党大統領候補の座を争った1941年生まれの大ベテラン政治家。民主党中道派の新自由主義的な側面を批判し、社会福祉や富の再分配、環境政策を重視して若年層の支持を得た一方、「政策に現実味のない急進左派」との評価も。

*11......アレクサンドリア・オカシオ=コルテス。1989年生まれ(現在31歳)で、労働者階級の家庭で育った民主党のヒスパニック系女性下院議員。所得税の累進課税率引き上げ、再生可能エネルギーへの完全転換などを主張。マイケル・ムーアのドキュメンタリー映画『華氏119』にも反トランプ派の急先鋒として登場している。

*12......ここでは専門家や技術官僚などに政治のかじを委ねるエリート主義的な姿勢を指す。サンデル教授は『実力も運のうち』で、オバマ元大統領のテクノクラート的な言動によって「民主党が労働者から離れた」と批判している。

モーリー 特に、新型コロナのパンデミックは、以前からあった深刻な内在的不平等をさまざまな形で露呈させました。

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サンデル 最も深刻なものは、在宅ワークで失業の心配も少ない人々と、自分自身を著しい危険に晒(さら)さなければ失業しかねないエッセンシャルワーカーとの格差でした。

同時に、私たちの社会がいかにエッセンシャルワーカーに依存しているかも可視化されましたね。医療従事者だけでなく、配達員、倉庫作業員、食料品店の店員、ホームヘルスケア提供者、チャイルドケアワーカー......。

彼らの多くは高給取りでもなければ、労働者として最高の名誉を得てきたわけでもありませんが、社会は今、彼らを非常に重要で不可欠な労働に従事している人々と評価しています。

どうすれば彼らの給料は仕事の重要性と整合していくのかなど、労働の尊厳について、そしてそれを具体的に表現する方法についての幅広い議論が始まる可能性があります。パンデミックの間だけでなく、収束した後も、です。私はそう望んでいます。

モーリー 日本では今、コロナ禍でオリンピックが開催されそうになっていることが大きな話題になっています。さまざまな"政府の代弁者"がメディアに登場していますが、最近ではかつて日本政府の経済アドバイザーでもあった、ある経営者がテレビに出演し、非常に大胆でとっぴな発言をしました(*13)。

いわく、世論は往々にして間違う。情報が足りない一般大衆はコロナに怯(おび)えるかもしれないが、政府はすでに対策を講じている。もしオリンピックをキャンセルしたら日本は大金を支払わねばならないのだから、経済合理性に基づいて判断するべきだ、と。

――しかしその後、彼が会長を務める会社が、オリンピック関連で働く人々の人件費から手数料を得ることで膨大な利益を稼ぐであろうことから、その発言の中立性に対する疑問の声があふれています。

日本の若者も、コロナ禍のせいで、また政府の政策のせいで、いろいろな形で「不平等」の重荷を感じていると思います。サンデル教授の新著、そしてこのインタビューは、彼らの強い共感を集めるのではないでしょうか。

*13......パソナ会長の竹中平蔵元総務大臣が、『そこまで言って委員会NP』(読売テレビ)に6月6日に出演した際の発言。

●マイケル・サンデル(Michael J.Sandel)
「裕福な親たちは、子供に優位な教育機会を与えて"階級"を継承しています」
1953年生まれ。ハーバード大学教授。政治哲学におけるコミュニタリアニズム(共同体主義)の代表的論者で、ハーバード大学の学部科目「Justice(正義)」は延べ1万4000人以上が履修。「目の前のひとりを殺せば5人の命が助かる。あなたはそのひとりを殺すべきか?」などの哲学的議論を展開した世界的ベストセラー『これからの「正義」の話をしよう いまを生き延びるための哲学』(鬼澤忍訳、ハヤカワ・ノンフィクション文庫)は日本でも累計100万部を突破し、NHK教育テレビの番組『ハーバード白熱教室』と共に社会現象になった。ほかに『それをお金で買いますか 市場主義の限界』『サンデル教授、中国哲学に出会う』(いずれも鬼澤忍訳、早川書房)などの著作がある。2018年10月、スペインの皇太子が主宰するアストゥリアス皇太子賞の社会科学部門を受賞

●モーリー・ロバートソン(Morley Robertson)
1963年生まれ。国際ジャーナリスト、ミュージシャン。日米双方の教育を受け、1981年に東京大学に日本語で、ハーバード大学に英語で合格。ハーバード大学では電子音楽を専攻した。2015年から本誌でコラム『挑発的ニッポン革命計画』を連載中。現在は『スッキリ』(日本テレビ系)、『報道ランナー』(関西テレビ)などにレギュラー出演中で、今年春にはNHK大河ドラマ『青天を衝け』にマシュー・ペリー役で出演した

■『実力も運のうち 能力主義は正義か?』マイケル・サンデル著
(鬼澤忍訳 早川書房 2420円) 
原題(『The Tyranny of Merit』)を直訳すると"能力の専制"。性別や人種、あるいは出自などによる差別が徐々に改善に向かっている時代において、世界を分断しているものは何か。「能力」、特に学歴で世間の評判や人生が決まってしまう構造によって現代は"新たな階級社会"に突入しているとサンデル教授は説く。メリトクラシー(能力主義)の横暴による不平等の拡大は止められるのか?


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