現代イスラーム研究の第一人者・内藤正典氏インタビュー【後編】移民・難民で崩壊寸前のEU。外国人労働者を受け入れる日本が理解すべきこと

現代イスラーム研究の第一人者・内藤正典氏インタビュー【後編】移民・難民で崩壊寸前のEU。外国人労働者を受け入れる日本が理解すべきこと

日本が外国人労働者を受け入れるために何をすべきか解説する内藤正典氏

カショギ氏暗殺や、安田純平氏の解放と帰国後の彼へのバッシングなど、中東に関わる話題がお茶の間やネットをにぎわせているが、"中東の盟主"サウジは、今回の暗殺事件を契機に大きく揺れている。

ヨーロッパでも"EUの盟主"ドイツが難民・移民問題で青息吐息で、メルケル政権も風前の灯火だ。英国離脱もあり、EU全体が瓦解しかけている。

ところが、このタイミングで日本政府は世界に逆行するかのように"移民政策"とも取れる方針を発表した。

中東やイスラム、移民問題にも詳しく、『限界の現代史 イスラームが破壊する欺瞞の世界秩序』(集英社新書)を上梓したばかりの、同志社大学大学院教授・内藤正典氏に、前編に続いて話を聞いた。

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――メルケル政権を崩壊の危機に陥れたのは難民問題でした。

内藤 この本の中でも詳しく書きましたが、領域を持った国民国家の体制が崩れている。移民と難民の動きによってです。そういう動きがあまりに無秩序にいろんな形で起きている。

2015年の難民危機は、直接はシリアの戦争が発端でしたが、今例えばホンジュラスからメキシコへ、そしてメキシコからアメリカへ向かおうという移民キャラバンの動きもある。そういう流れは、もう止められなくなっちゃっている。「国境線というものの中に、人はいなきゃいけないんだ」という共通理解が成り立っていない。どんどん出てきちゃう。

そんな時に、またトンチンカンなことをやっているのが日本で、突然、「外国人労働者を受け入れます」と。安倍政権は「移民政策ではない」と言ってますが、英語のニュースでは「日本が歴史的な移民政策を転換してオープンドアに変えた」と出てるんです。

――そうすると、世界中からドッと押し寄せてきますね。

内藤 そうです。世界中でどの先進国も「移民来るな、出ていけ」って、非常に排外主義が蔓延しているこの世界の中で、たったひとつ日本だけが「いらっしゃい」って言ったことになるんですよ。何が起きるか想像してみろ、ということです。

現状で、六千八百万もの難民がいると国連難民高等弁務官事務所が言ってますが、今までこんなことはないんです。難民だけじゃなく、例えばEUの中で財政的に破綻寸前と言われているイタリアや、既に破綻したギリシャの人とかも「おっ、じゃあ、日本に行こう!」って、皆思うに決まっているじゃないですか。ところが日本は、人として彼らを受け入れる準備を何ひとつしていない。場当たり的に安い労働力として使うことしか、実は何にも考えていません。この状態で受け入れるなんていうことをしたら大混乱が引き起こされるでしょう。

労働力が足りないのはわかりますが、今の世界の状況がどういうものなのかということへの理解が全く欠落していますね。外国人労働者を入れるというのは、その人が背負っている文化とか、政治的な問題とか、その全てを入れることになるんですよ。それについての知識が全くないし、入国管理をしている法務省はドメスティックな官庁ですから、そんな経験がない。港と空港で入れるか入れないかしか判断できない。一歩でも日本に入ってしまった後、その人たちがどういう行動をとるのかということについては、法務省が予測できるか。全く無理です。

――昔、査証免除でたくさん日本に来ていたというので思い出すのは、イラン人ですね。代々木公園がイラン人ですごくいっぱいで。上野公園では大勢が、偽のテレホンカードを売っていましたね。

内藤 毎週日曜日になるとケバブ屋出るわ、床屋は出るわ、いろんなのをやっていましたね。大変でした。あれは80年代後半だから、今からもう三十年前ですね。バブルの頃で、若い労働力が足りなくなって、今と同じように人手不足だった。彼らの手がなかったら自動車の部品産業なんて、持ちこたえられなかったはずです。だから、そういう工業都市では、地元の議員さんを通じて、「(入管の)ガサ入れはやめてくれ」って頼んでいましたよね。

実際にはそういうことがありながら、それを隠蔽し続けて、今また、「とにかく人手が足りないから入れましょう」と言っていますが、日本って一度も相手を人間として扱ったことがないんですよ。そんなことでうまくいくわけはないし、即座に無数の問題を引き起こすことは明らかです。

私は、受け入れに賛成とか反対とかという意見はありません。人手が足りなくなれば、入れざるを得ない。だけど、「入れるんなら人として受け入れろ」ということです。もういいかげん日本は、いつまでも固い殻の中に閉じこもって生きていかれると思わないほうがいいですし、実際無理です。しかし、それが無理だと覚悟するならば、相手が価値観も、政治的な状況も、全部違う可能性があるということを学ばないことにはどうにもならない。

今まで移民を受け入れてきた国の多くは「郷に入らば郷に従え」という同化主義をとるか、あるいは、「あんたたち自由にしていいよ」という多文化主義の考え方をとるか、どっちかなんですけれども、EUでは、どっちもうまくいかなかった。日本では「多文化主義のほうがいいだろう」と思っている人がわりと多いですけど、多文化主義って、要するに「私は私、あんたはあんただ」って言っているだけなので。

――交わらない。

内藤 交わらないんですね。「俺と同じ権利はおまえにもやるけど、それって、俺がおまえに関心があるってことじゃないからね」って言っているわけで。「そのかわり、おまえも俺に干渉するなよ」っていうことが同時に成り立っちゃう。それでやっていくと、移民社会というのは、国の中で周りと関係を結ばなくなってきますから、どんどん孤立しちゃって。テロの問題にもつながったんです。

――この本にも書かれている、9・11のアメリカ同時多発テロ以降、EUで移民がテロリスト扱いされたということですね。

内藤 そうです。ただ、今言った話というのはイギリス型で、フランスは違うので。ロンドンでテロが起きたとき、フランス人はイギリスに向かって言ったんです。「おまえのところみたいに多文化型でやっているからテロが起きるんだ、国が分裂しているからいけない」って。

ところが、2015年に今度はパリで大規模なテロが起きると、イギリスは、「おまえのところみたいに同化、同化って、同化圧力かけるからこういうことになるんだ」って言って。どっちも正解じゃないということです。

――少子高齢化の日本では今後、移民なのか労働者なのか、どちらにしても外国人を受け入れざるを得ないという状況ですが、同化政策もダメ、多文化主義もダメとなると、どういうふうにしていけばいいんでしょう?

内藤 それがこの本の最後に書いたパラダイムの話ですね。つまり、「よって立っているところが違うんだということを、理解しろ」と。好きか嫌いかはどっちでもいいけれど、よって立っているところが違うんだから、「こっちに寄ってこい、郷に入らば郷に従え」と言ったって、向こうは寄って来ないよ、ということをまず理解しろということです。

それから、おのおのに「おまえ、好きにすればいいよ」と言って済むかというと、済まない。だったら、相手が何をもとにしているのか、何をもとにしてどういう考え方を持って、どういう価値観を持って、どういう怒りとか喜びとかを持っているのか、それを丸ごととりあえず勉強する気になること。謙虚に知ることです。こっちの価値観を押しつけるんじゃなくて。

ただし、世界的に、これができた国はない。西洋文明から生まれてきた人権とか民主主義とかの価値は、私も重要だと思います。そしてイスラム教徒だって人権意識がないわけじゃないんですよ。ただ、イスラム教徒の人権の考え方と、我々の人権の考え方は違うだけです。でも、「自分たちの思っている人権だけが正しい人権のあり方だ」と思っちゃうと、「相手は人権を無視している」というふうに思い込んでしまう。でも、赤いメガネをかけていたら赤いものは見えないですから、自分たちがかけているサングラスの色を認識しないと、ね。

――その最たる例が、フランスのある県で、ビーチでフランス人女性がトップレスでいるのに、ムスリムの女性が肌を隠した水着を着るのを違法だとしてしまう、というようなケースですね。

内藤 そうです。オランダは、その一歩手前で「握手しないのはオランダの文化に反する、出ていけ」とか言っている。でもイスラム的には、異性で、夫婦でもないのに体をさわること自体がセクハラになりますから。そうした文化や習慣、価値観の違いを互いに理解しようとする謙虚な気持ちがないと、日本を含め、これからの世界は決してうまくいかないでしょう。

■内藤正典(ないとう・まさのり)
1956年東京都生まれ。東京大学教養学部教養学科科学史・科学哲学分科卒業。博士(社会学)。専門は多文化共生論、現代イスラム地域研究。一橋大学教授を経て、同志社大学大学院グローバル・スタディーズ研究科教授。著書に『イスラム戦争 中東崩壊と欧米の敗北』『イスラムの怒り』『イスラム――癒しの知恵』(集英社新書)、『トルコ 中東情勢のカギを握る国』(集英社)、『となりのイスラム』(ミシマ社)他多数。共著に『イスラームとの講和 文明の共存をめざして』(集英社新書)等がある。

『限界の現代史 イスラームが破壊する欺瞞の世界秩序』(集英社新書)
シリア、イエメンなど中東で頻発する虐殺や弾圧、それから逃れる大量の難民、欧米で繰り返されるテロなどの問題に対して有効な手立てを失った国際社会。その背景には、アメリカ、EU、国連、領域国民国家、西欧啓蒙思想など、第二次大戦後の世界の安定を担ってきたシステムと秩序の崩壊という現実がある。この崩壊過程の末には何があるのか? トルコを中心としたスンナ派イスラーム世界の動向と、ロシア、中国といった新たな「帝国」の勃興を見据え、展望を解説する。現代の"限界"の理由を概観し、文明の衝突を超え、日本はどうあるべきかを考えるための、現代史講義。

インタビュー/稲垣收 撮影/三好祐司

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