5人目の完全制覇者に最も近い男は"SASUKE界のベジータ"。長距離ドライバーからシューズメーカー取締役への大転身。【SASUKE放浪記 第8回 川口朋広(シーズン1最終回)】

5人目の完全制覇者に最も近い男は"SASUKE界のベジータ"。長距離ドライバーからシューズメーカー取締役への大転身。【SASUKE放浪記 第8回 川口朋広(シーズン1最終回)】

自身のブランド「PER−ADRA」(ペルアドラ)のクライミングシューズとTシャツを身に着けて。「現在生産している『K−01』に続く2モデル目も年内に試作品ができます。そちらは『日本人に合った』というコンセプトを踏襲しつつ、欧米人寄りの足にもフィットすることを目指したいなと。仕事柄最近、人の足をよく見るんですけど、日本人でも欧米人寄りの足をしている人もいますから」(川口)


TBSが誇る名物番組『SASUKE NINJA WARRIOR』第36回大会が12月31日18時よりオンエア。しかも、番組史上初の一部生放送を予定! 

『週刊プレイボーイ』編集者が現在活躍中のSASUKE界の英雄たちを訪ね、共にトレーニングをするなかでそのパーソナリティを掘り下げていく、極めてマニアックなSASUKE応援コラム「SASUKE放浪記」もいよいよシーズン1の最終回です!

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これまで彼らの元を訪ねるたび、何度も何かを思い出しそうになった。

共に切磋琢磨し、指導を請い、互いの健闘を祈念する――。SASUKEプレーヤーを巡る旅は、妙な既視感の連続だった。

そして8人目まできて、はたと気がついた。『ドラゴンボール』だ。(*『ドラゴンボール』を知らない方は、早速書店で買ってみよう!)

練習時に着用する10sのベストは「亀の甲羅」。

プレーヤーたちが集う、セット造り職人・松田大介の自宅は「精神と時の部屋」。

そう考えれば大会終了後、次の収録に向け再会を約束し、来るその日までそれぞれの拠点でトレーニングに努めるSASUKEプレーヤーたちは、あの「人造人間襲来」に備えてレベルアップを誓い合い、別れるZ戦士に重なって見えなくもない。

フリーザ......ではなく、魔人ブウ......でもなく、「鋼鉄の魔城」という最悪のラスボスに立ち向かうプレーヤーたちは、手を組んで共通の敵に挑んでいく「仲間」なのである。総合演出の乾雅人氏が「SASUKEの出場者はライバル同士ではない」と語るゆえんである。

実際、これまで本連載で紹介した7人の誰にたずねても、「ライバルといえるような存在はいない」と返ってきた。

しかし、この男だけは少し違った。インタビューの端々に、現チャンピオン・森本裕介への意識を静かに滲ませ、またそれを、別段隠そうともしない。

栄光のゼッケン100番の、ひとつ前に座す男。SASUKEにおけるゼッケン99は彼の代名詞。コンクリートミキサー車のドライバーから、クライミングシューズメーカー取締役へ転身を果たした川口朋広である。

唯一、自分よりも後に登場する男――4人目の完全制覇者森本裕介は、川口にとってやはり特別な存在なのだろうか。

「特別ですね。あいつは、熱量が――SASUKEと向き合っている時間が、費やしている時間が、本当に誰よりも長いですし」

ここ数年のSASUKE界は森本・川口の二強時代。ネット上にはふたりの関係を、それこそ『ドラゴンボール』の主人公・孫悟空と、ライバルで誇り高きサイヤ人の王子・ベジータに見立てるようなコメントも散見される。その話を川口に振ると、興味深そうに小さくうなずいた。

「僕はともかく......森本が悟空というのはわかる気がします。SASUKEに対して誰よりも純粋で、ひたむき。(ひと回り近くも年が離れていて)感覚的には弟みたいなもんなんですけど......常に一歩、自分の先を行っている。

彼がいるから彼に食らいついていこうって気になるし、その結果を見ると『すげぇな』っていつも驚かされる。誰もが認める素晴らしいゼッケン100だと思います」

がんばれカカロット...お前がナンバー1だ!!――あのベジータの名ゼリフが、今にも聞こえてきそうな雰囲気である。

10代の頃はグレていたというエピソードがひとり歩きしている川口ではあるが、連載第5回に登場した日置将士との邂逅にもあるように、実物の彼はすこぶる親切で面倒見が良い。しかも、ひとり暮らしの家では一匹の猫を飼っている。

インタビューは川口の自宅で行なった。収録直前のこの時期には、食生活にもかなり気を遣っているという。

「だいたい、本番の3ヵ月前から食生活のコントロールを始めます。まず、炊飯器はクローゼットにしまう。それで、一日に摂る糖質の量を100gか、いっても150gくらいで抑えるようにして......」

おにぎり一個でおよそ40g。朝昼は少量の糖質を摂り、夜はブロッコリーと鶏の胸肉、もしくはささみをひたすら続ける。

「うちの冷凍庫、今、胸肉だけで4sくらい入ってます。っていうかそれしか入ってない。大量に買って、計って小分けして、それを毎晩解凍して食べる。お湯を沸騰させて、肉入れて、しばらくしたら火を消して、蓋して、1時間から1時間半トレーニングすると、ちょうどいい頃合いになるんですよ。あんまりぐつぐつやると、胸肉ってただでさえさっぱりしてるから、パサパサになっちゃう」

味付けは塩コショウか醤油、青じそドレッシングなどをローテーションする。

食に限らず、川口はSASUKEに向けてかなり細かく自身の生活を管理している。自宅のトレーニングルームの壁にはホワイトボードがかかっており、その月の目標とするような数量や数値が几帳面に書き込まれていた。一部で"教授"と呼ばれるゆえんは、このあたりの緻密さにありそうである。

自宅でのトレーニングを見せてもらったあとは、近くのクライミング(ボルダリング)場に向かった。自宅周辺には拠点としているジムがいくつもあり、川口はトレーニング場所を固定しない。

「同じ場所でやってると、慣れからくる油断とか、甘えみたいなものが生まれちゃうんで。いつでも緊張感を持ってやるために、です」

SASUKEの本番は常に一発勝負。そしてコースのコンディションは季節、天候、時間帯によってさまざまだ。あらゆる状況に対応できるよう、日頃から意識しているということだろう。

川口がクライミングを始めたのは、それこそSASUKEがきっかけだった。

「2011年開催の第27回大会が5回目の出場だったんですけど、1stステージの第2エリアで、もう開始10秒くらいで落ちて。その後の2大会は、予選会のオーディションを通過できなかったんです。

頑張ってもSASUKEに出られないという時期で、でもあきらめてはいなかったから、何かしらのスポーツをやっておかないと、ということで選んだのがクライミングでした」

クライミングとSASUKEの親和性は高い。2年分のトレーニングを積んだ川口は、2大会空けた第30回大会で一気にFINALステージに進出する。

「ホールドにもいろいろな形や特性があるので、選ぶコース次第で鍛えたい筋力を集中的に鍛えられるのがクライミングのいいところですね」

最近では、同じくクライミング歴の長いSASUKEプレーヤー、塾講師の山本桂太朗(今大会はゼッケン93番で登場)と一緒にジムに行くことも多いという。そしてそのクライミングが、川口の人生を大きく変えた。

「18歳からドライバーとして働いていて、いろいろな物をいろいろなところに運びました。日置とサスケパークで出会ったときは食品をやってたかな。SASUKEに出始めた20代後半の頃は長距離を一番やっていて、結構勤務がきつくて体調を崩しがちで。

それで32歳になった年......2013年ですね、3ヵ月くらい無職だった時期があって。当時の知り合いで逗子の海水浴場の海の家にクライミングの壁を建てている人がいたので、休養半分、趣味半分で『手伝わせてほしい』って行ったんです」

海の家自体は夏の終わりとともに閉まったのだが、そこでクライミング業界に携わる人々とのつながりができた。

「ドライバーの仕事にも復帰したんですけど、そのとき運転していたコンクリートミキサー車の仕事は、それまでと違って時間も安定していて。渋谷のヒカリエとか、日比谷のミッドタウンとかに行ってましたね。

いつも、できあがってから『こういう感じになったんだ』ってわかるんですけど。......ともかく、朝はそれほど早くないし、雨風も関係ない。なので、仕事以外の時間はトレーニングとクライミングに割けるようになって」

そうしてクライミングに傾倒するうち、川口はある疑問を抱くようになる。

「『クライミングシューズって、なんであんなに痛てぇの?』って。初めて履くとびっくりするんですけど、本当に痛い。なんでかなって考えたときに、欧米のブランドしか存在していなかったんです」

川口がクライミングを始めた5年前は、まだオリンピック種目にクライミングが存在しているわけでもなく、市場規模も現在の半分程度しかなかった。

「シューズが痛いのがいやで登りたくなくなっちゃうんで、『じゃあ一足、足型をとってオリジナルの自分用のを作ってみよう』と」

前述の海の家でつながった知り合いから国内生産の靴工場を紹介してもらい、ほどなくして試作品ができあがった。

「ものすごく出来が良くて。絶対日本人の足に合うから、みんなに履いてもらいたいって思ったんです。それでロットやらコストやら計画を立てて、『ああ、これはいける、思い切って起業してみよう』と」

そうして昨年の12月に販売を開始した川口のブランド「PER−ADRA」(ペルアドラ)は、現在では量産モデルも生産できるようになり、取扱店は全国で25店舗以上まで増えている。

「日々勉強です。どうやって会社を起こすのかから始まり、実際に起業した経験のある人のところにも話を聞きにいきましたし......社名を決めて、海外も含めて商標を取って。販売店、販売足数、コストなども常に計算して計画を立てて」

PER−ADRAのキャッチコピーは「日本人による、日本人のためのクライミングシューズ」。海外ブランドが幅を利かせるクライミングシューズ業界において、「国産」を謳って殴り込みをかけた川口の慧眼は驚嘆に値する。

「運もありました。スポーツクライミングがオリンピックの正式種目になったのが、プロジェクトを立ち上げてしばらくしてからで。それも追い風になってクライミング人口も増えましたし。今からじゃあたぶん、間に合わなかった。実は、クライミングジムをやるという構想もあったんですよ。

でもそれはすでに競合がいっぱいいた。シューズに関しては、登山靴に近いものをクライミングシューズと呼んで販売していたメーカーは国内にもあったんですけど、袋縫いという製法で造られた『スポーツクライミングシューズ』は皆無だったんです」

現在の喫緊の目標は、自社ブランドの取扱店を100店舗に増やすこと。そして2020年の東京オリンピックまでに、ボルダリング・ジャパンカップなどの全日本選手権の表彰台にPER−ADRAのシューズを履いた選手を送り出すことである。

そのために川口は今、いくつもの店舗に営業をかけ、有力な若手選手の噂を聞きつけてはサポート契約の交渉のために全国各地を奔走している。まさにTBSのドラマ『陸王』の世界である。

「あとは、10年かかってもいいので、海外の有名選手にうちのシューズを履いてもらうというのも目標のひとつです」

仕事の話をするときの川口の目は、嬉々として輝いている。だが、車のドライバーからシューズメーカーへの転身というのはいかにも畑違いだ。相当大きな決断だったのではないか――そう水を向けると、川口はこう答えた。

「必死だったから当時のことはよく覚えてないんですけど、起業に限らず転職、恋愛......引っ越しとかもそうですよね。何かを変えるということは、その先に何が起こるかってわからないってことじゃないですか。僕も、『売れなかったらどうしよう』というのが頭をよぎったことはありましたよ。

でも何を考えても、最終的にはやってみなきゃわからない。勇気を出して、最初の一歩を踏み出してみる......それを僕は、SASUKEに教わったような気がするんですよね」

川口の自宅には、これまでSASUKEの大会で着用したすべてのゼッケンが壁に飾られていた。予選会のときのものも含めて、すべて。

「台場のサスケパークで日置と出会った頃はね、僕が先に本戦に出場できて、そのときに彼が寄せ書きをしてくれたんです。『いつか同じ舞台に立ちたい』って。舞台って、FINALとか3rd(ステージ)じゃないですよ? 1stの、それもスタート台。『ゼッケン持ってふたりで写真撮りたいねー』なんて言ってたのが、今はふたりして日本を代表して、海外のイベントに行ったりしているわけで」

懐かしそうに笑う川口の回想は続く。

「結果を出せなくて、SASUKEに出られなかった時期にもう一度戻ってくる機会をくれたのは漆原(裕治)さん。予選会がダメだったあと、(総合演出の)乾さんに『こいつ実力あるんで、シミュレーター(*本番の収録直前に、出場者が安全に競技できるよう試技を見せるプレーヤーのこと)でいいんで、見てやってください』って言ってくれて。

みんな出られない時期があって、でもSASUKEで活躍することをずっと夢見ていて、その夢が今、10年越しに叶っている。実際に一歩を踏み出して、こういう今があるってわかっているので」

――あなたにとって、SASUKEとは。

「だから僕にとってSASUKEとは、『人生の可能性を限りなく広げてくれるもの』。仕事だけじゃない、考え方の可能性も。これまでたくさん、信じられないことが本当にたくさん起こっていて、そのたびにいろいろなことを教えてくれるので」

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現在のSASUKE界を彩る8人の英雄たち。それぞれの挑戦の結末は、12月31日18時よりTBS系で放送される『SASUKE NINJA WARRIOR』で見届けてほしい。

●川口朋広 Kawaguchi Tomohiro
1981年9月24日生まれ、神奈川県出身。身長178p、体重68s。26歳でSASUKE初出場。クライミングシューズメーカー「PER−ADRA」取締役。「今大会は(自分の後に競技をする)森本を驚かせてやろうと準備しています。たぶんあいつは、今回もひとりでFINALステージに挑む姿をイメージしていると思うので(笑)」

撮影/本田雄士 取材協力/PER−ADRA Climbing Bum YOKOHAMA

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