「北の労働者」が担うロシア後方支援の実情と祖国・北朝鮮が変貌を遂げていく可能性

1953年7月27日に朝鮮戦争の休戦協定が成立。以来69年間、北朝鮮軍は38度線で国連軍と対峙している。その北朝鮮の労働者たちが、ウクライナ東部の親ロシア派が作った二つの共和国に派遣される
去る9月6日の東京新聞の報道によれば、ウクライナ東部のドンバス地域を「再建」するべくロシアが投入した北朝鮮労働者は、「勤勉で生産性が高い」という。8月3日の当ニュースサイトで「ウクライナ紛争は大チャンス!? ロシア軍を援護する『北朝鮮労働者』のしたたかな狙いとは?」をお届けしたが、それが現実となり、動き始めたのだ。

北朝鮮は2017年、核開発を止めさせるための制裁として国連決議を受けた。それによって、海外に労働者を派遣して外貨を稼いではならないこととなり、中国、ロシアを含めて全世界から労働力を撤収させられた。

外務省勤務の経験もある杉山政樹元空将補が解説する。

「ただ、ドンバスに親ロシア派が作った二つの共和国は国連加盟国じゃないから、国連決議に従う事はない。だから、北の労働者をガンガンと入れられるのです」

9月7日の産経新聞の報道によると、ロシア外務省局長が「北朝鮮に石油提供の用意がある」と発言したという。北朝鮮にとっては、海外労働者引き上げからの外貨不足や禁輸による燃料不足、また恒常的な飢饉による食糧不足と、四苦八苦の中での朗報であった。

「これで北朝鮮の燃料問題は解決しますね。ロシアは報道によれば、Su30戦闘機の購入交渉をするインドネシアと特産物に関する交渉があり、代金の代わりにパーム油を受け取りました。それと同じように、北朝鮮から砲弾を大量にもらい、代わりに石油を大量に渡し、次は行き所のない大量の小麦などの食料を輸出するでしょう。窮地に立たされていた金正恩総書記に、天から蜘蛛の糸が下りてきたような状況です」(杉山氏)

では、このタイミングで北朝鮮の労働者がドンバスに行く理由とは何なのか?

「守りを固めるのではないでしょうか。ドンバスの親ロシア派兵士たちはプライドが高いので、北朝鮮からの労働者には後方を固めさせるでしょう。北の労働者である工兵は建築などの復興工事に従事し、何かあれば作戦に参加します。そして、特殊部隊員は警備要員をしながら、情報戦に従事します。北の労働者は1日20時間も働くそうなので、地元民は『勤勉で生産性が高い』と言っているのでしょうね」(杉山氏)

ではこの作戦に関して、プーチン大統領の狙いはどこにあるのだろうか。

「北の労働者たちは、自分の使い慣れた武器と大量の弾薬と共にやってきます。なおかつ、その中には旧ソ連製兵器の修理に通じた兵隊もいます。すると、ドンバスが兵器弾薬などの補給廠となり、ロシア軍が反撃するための策源池の役割を果たすでしょう。

ロシア軍兵士に比べて北の労働者たちは、祖国を強く豊かにするという明確な目的のもとにドンバスに来ている。日本の戦前の青年たちが大日本帝国を守るために死んでいったのと同じように、明確な意志が働いているのかもしれませんね」(杉山氏)

さらに、元・陸上自衛隊中央即応集団司令部幕僚長の二見龍元陸将補はこう推測する。

「今回のウクライナ軍のハルキウ攻勢は、ロシア軍が戦争の主導権を握るためロシア国内でかけた30万人の動員と、北部地域の攻勢を行う態勢を挫いたところに価値があります。

ロシア軍の動員令発令後の召集令状の配布や各地域でのバスの準備など、急速に準備をしながら進めてきた戦力造成と、冬季におけるハルキウ州・イジュームからの攻勢企図に関して、ウクライナ軍がその出鼻を大きく挫いたということです。

ロシアはイジューム以東の地域へ後退し、そこからの反撃へと作戦を変更せざるを得なくなりました。すると、その場所で反撃部隊を支援する兵站の再構築が必要です。しかも、ロシア軍の空前の敗走によって多くの兵器をウクライナ軍に提供することになり、兵力も大きく漸減してしまいました」

ドンバスのロシア軍の策源地としての重要性は、遥かに高まった。

「最前線で戦う戦闘部隊(歩兵、戦車、砲兵)を動かすには、通常その7~8倍の人員の支援が必要となります。戦闘部隊を運用するためには、戦闘を支援する通信、工兵、防空部隊と兵站支援を行う補給、整備、輸送部隊の支援が不可欠です。北の労働者はこの補給、整備、輸送の兵站活動にあたります。

特に兵站は手間がかります。例えば、列車で運んできた弾薬を下して、再び、ラックに乗せたりする作業は『兵站の隘路』と言われ、手間と時間がかかる任務です。このような人手が必要な持ち場を北の労働者が担います。

また、北朝鮮はすでに、旧ソ連軍の武器を修理改修した品々をアフリカ諸国に輸出しているので、壊れた武器の整備や改修は得意です。野戦病院で勤務する医師・看護師を、北の労働者の中から受け入れます」(二見氏)

北の労働者の中には、戦闘で壊れた戦車を器用に修理するのに長けている者がいる。写真のT-72戦車は北朝鮮でも使うT-62をベースとして開発され、整備性は似ている

冬季の重火力戦には、大量のロケット弾と砲弾が必要になる。列車で遠く北朝鮮から運ばれてきた砲弾・ロケット弾をトラックに運び移す『兵站の隘路』と呼ばれる人手のかかる部分の輸送を、北の労働者たちが担う。写真はTOS-1多連装ロケット
ただ、「30万人」という数字のインパクトは大きい。

「ロシア軍が30万人の動員を可能にするためには、兵站の支援活動自体を根本的に変えなければならないため、早期から多くの兵站活動を行うための要員が必要となります。30万人とは、日本の自衛隊の人員よりも多い規模です。その兵站を作り上げなければなりません。

しかし、ロシアが北の労働者を大規模に受け入れた場合、ウクライナはNATO(北大西洋条約機構)軍を受け入れる口実ができます。そのため、北の労働者を入れるとしても、1万人程度が限度だと思います。

後方支援は、支援技術があればすぐに部隊で運用できる特性があります。経験者は、動員戦力運用のための兵站体制を構成するための即戦力となります。

ウクライナによって弾薬補給所や兵站部隊を破壊されているロシアとしては、北の労働者が1万人入るだけでも、その兵站支援活動は重要な戦力になるわけです」(二見氏)

ウクライナの戦場で使われて故障、摩耗した大量のAK自動小銃の修理、改修も、北の労働者にすればお手の物である。写真のロシア地上軍空挺部隊が持つAK-74は北朝鮮で88型/98型として使われている

ドンバスの二つの共和国はロシア軍の補給廠となり、整備され新品同様となった兵器は再び、最前線に投入される
ロシア国民が次々と国外に逃げ出そうとしているいま、逃げない北の労働者はロシア軍にとって貴重な戦力となる。

後方支援を北の労働者に任せたロシア軍には兵力の余力が生じ、最前線に元気はつらつなロシア陸軍兵士を大量に送り込めるようになる

「このドンバスでの北の労働者たちの働きで、ロシア軍の特別軍事作戦が対ウクライナ軍相手に冬までに一気には倒れ込まず、持ち堪える形になるとするならば、北朝鮮はロシアに対して相当な力を貸した事になる。すると北朝鮮は今後、異常な変貌を遂げていく可能性があるのです」(杉山氏)

やはり北朝鮮にとってウクライナ戦争は、ゲームを変える大きなチャンスなのだ。

取材・文/小峯隆生 写真/柿谷哲也

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