"優しい街"の住民はなぜ「Q」に目覚め、ペロシ議長宅を襲撃したのか


『週刊プレイボーイ』で「挑発的ニッポン革命計画」を連載中の国際ジャーナリスト、モーリー・ロバートソンが、ペロシ米下院議長宅の襲撃事件について分析する。(この記事は、11月7日発売の『週刊プレイボーイ47号』に掲載されたものです)

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10月28日、米カリフォルニア州にある民主党ナンシー・ペロシ連邦下院議長の自宅をハンマーを持った男が襲撃。本人は不在でしたが、夫が重傷を負いました。容疑者は同州バークレー市に住む42歳で、フェイスブックに2021年1月の米連邦議会襲撃事件をめぐる陰謀論の動画やミームを投稿するなど、Qアノンに"感染"していた様子がうかがえます。

この事件は中間選挙を間近に控えた米社会に大きな波紋を生んでいますが、少年期に同州のベイエリアに住んでいた私としては、容疑者がバークレー在住であったことにいろいろと思うところがあります。

ベイエリアとはサンフランシスコ、オークランド、バークレーあたりの総称で、高級住宅街と低所得層の住宅街、移民、アーティスト、自由人が居住する地区がパッチワークのように存在してきました。

富裕層が集まる一部地域では地価が高騰し再開発が進む一方、反資本主義、社会民主主義、あるいはアナーキストをバックボーンとするホームレス支援団体が集まる地域もあります。

中でも、1960年代のベトナム反戦運動の頃から急進的左派の"要衝"となっていたカリフォルニア大学バークレー校のあるバークレー市は、低所得者を条例で徹底的に守り、薬物中毒者や精神疾患がある人にも「自由に生きる権利」を全面的に尊重する"優しい街"です。

容疑者はこの街でドラッグ依存、メンタルの病気を抱え、すれすれの生活を続ける中でQアノン、反ユダヤ主義などに染まっていったようです。

さらにその背景には、旧ソ連から1988年に米ボストンへ移民したある女性の存在も報じられています。彼女は「ヒーラー」「民間療法士」を自称し、何人もの男性と同居し、何人もの子供を産み育てながら「9.11の真実」「性の解放」「サイケデリック・ドラッグ推進」などを発信する活動家で、今回の容疑者も同居人のひとりでした。

LSDなどの幻覚剤を「代替医療」として推奨するカリスマ移民女性が(おそらく経済的に搾取しながら)従えてきた依存症男性のひとりがなんらかの事情でミニ・コミューンを出て、孤立する中で妄想を深め、トランプ運動に救いを見いだし、事件に至った――という流れがあるようです。

ただし、事件直後から保守アカウントやトランプ派が偽情報を大量に流して攪乱(かくらん)作戦を展開し、それを打ち消すために検察は異例なほど詳細な発表を行なうなど、中間選挙モードの米社会は「何が事実(ファクト)か」のレベルで分断されているのが現状です。

米大手メディアは事件を「トランプがけしかけた暴力」という文脈で論じていますが、それだけでは「反体制・極左・アナーキズム」の街の住民がいきなりQアノンへ振り切れたことを説明できません。

むしろ、セーフティネットを失い切羽詰まった人々がカルトであれ、陰謀論であれ、排外主義であれ、生きづらい世界を破壊的にリセットする思想に"居場所"を求める現象の一環としてとらえることで、見えてくるものがあるようにも思います。

その一方で気になるのは、多くのイノベーションと文化を生んできた"ベイエリアらしさ"に、今回の事件が与える影響です。自由と包摂の社会は維持できるのか――次回はこの点を考えてみたいと思います。

●モーリー・ロバートソン(Morley ROBERTSON)
国際ジャーナリスト、ミュージシャン。1963年生まれ、米ニューヨーク出身。レギュラー出演中の『スッキリ』(日テレ系)、『報道ランナー』(カンテレ)ほかメディア出演多数。富山県氷見市「きときと魚大使」。昨年はNHK大河ドラマ『青天を衝け』にも出演

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